つくる手と使う手をつなげる「暮らすモノ」のストーリー
九谷焼・上出長右衛門窯

暮らしのモノをつくる人たちのことを、もっと知りたくて。
伝統を守りながら現代の暮らしに寄り添うものづくりを続ける2組のつくり手を、OZONE編集スタッフMが訪ねました。
今回は、石川県能美市で九谷焼を手掛ける上出長右衛門窯(かみでちょうえもんがま)編をお届けします。

つくる手と使う手をつなげる「暮らすモノ」のストーリー1
工房の窯の前。窯の器や招き猫は焼き上がったばかり。
つくる手と使う手をつなげる「暮らすモノ」のストーリー2
本焼きを待つ招き猫たち。完成前の姿を見られるのも工房見学の楽しみ。

上出長右衛門窯は、1879年に創業し、九谷焼のデザインから製造、販売までを手がける老舗です。東京藝術大学で油絵を学んだのち家業に入った六代目の上出惠悟(けいご)さんに、デザインに込められた思いやつくり手として大切にしていることを聞きました。

九谷焼には歴史の謎と先人たちの強い思いが生きている

「水滴(すいてき)」は硯(すずり)に水を注ぐための道具。上出長右衛門窯の干支の動物をかたどった水滴は若い世代にも人気。
「水滴(すいてき)」は硯(すずり)に水を注ぐための道具。上出長右衛門窯の干支の動物をかたどった水滴は若い世代にも人気。
伝統的な「笛吹(ふえふき)」の湯呑と現代のストリートカルチャーがリミックスされたシリーズについては、後ほど。
伝統的な「笛吹(ふえふき)」の湯呑と現代のストリートカルチャーがリミックスされたシリーズについては、後ほど。

編集M ひとくちに九谷焼といっても、いろいろなタイプの絵付けやデザインがありますね。改めてお聞きしますが、九谷焼とはどういう焼き物ですか?

上出 一般的には九谷焼とは「石川県の金沢以南で焼かれている色絵磁器」のことを指しますが、上出長右衛門窯は青一色の染付がメインです。みなさんがイメージする色鮮やかな色絵磁器ではないので、『九谷焼って何なの?』って聞かれることは多くて、そういうときは「歴史を俯瞰して見ないとわからないかも」と言っています。

九谷焼の源流は、370年前に大聖寺藩の九谷村、今の加賀市の山奥でつくられていた古九谷(こくたに)と呼ばれる九谷焼なんですけど、それはたった50年ほどで歴史から消えてしまいました。一体どういう人がそこで製陶していたかもよくわかっていないんです。中心人物とされる後藤才次郎という藩士は、一説によると、日本の磁器の発祥地である有田で製陶法を学んだといいますが、はっきりとしません。働いていた人たちがどこから来たのかも全然わかっていないし、50年で消えた理由もわかっていません。

それから約100年後の1800年頃に金沢藩が京都の人気陶工※1、青木木米(もくべい)を招聘(しょうへい)したのがきっかけになって、再興九谷(さいこうくたに)※2が始まります。わりとすぐに財政難で藩のやきものづくりは終わるんですけど、木米の弟子が残って陶石を発見したり、職人を育てたりして、今の金沢以南に民営の窯がいくつもできるんです。産地が広範囲にまたがっているのは伝統工芸としてはわりと珍しいと思います。謎が多いので関係者がそれぞれに思いをはせる九谷焼像というものがあって、各々自分の九谷焼をつくっているのも魅力的なところかなと思っています。

100年のブランクがあったら、技術や歴史を知る当事者はもういませんよね。たぶん色々な偶然の重なりと人物の努力があって九谷焼が今も産地として残っていると思うんです。我々の窯もその歴史の中で生まれています。

※1.陶磁器を作る人。焼物師。
※2.再興九谷は金沢藩が木米を招いて以降の、江戸後期の九谷焼の総称。

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ひんやりとした空気に包まれた、12月の工房。奥では「ろくろ師」が口の丸い器の成形を行う。

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高級磁器として、同じ商品はできるだけ同じ形、同じ重量にして品質を均一に。

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水滴や招き猫は、石膏の型に粘土を詰めて成形する型成形という手法で。

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馬をかたどった水滴の身体の部分に尻尾のパーツを取り付けているところ。

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素焼きした地に呉須(ごす)という酸化コバルトの顔料で絵付け。

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職人は曲面にも均一な直線を描ける。釉薬をかけて本焼きすると線が青色に。

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色絵は本焼きの後に。色絵を担当する「絵付師」は各工程からのバトンを最後に受け取るアンカー的な存在だ。

昔からの良さを、今の時代に向けて翻訳する

昔からの良さを、今の時代に向けて翻訳する1
工房の笛吹でお茶をいただいた。手に取って絵柄をじっくり見ると、淡々とした表情が愛らしく、口をつけると口縁のあたりのよさが印象的。
昔からの良さを、今の時代に向けて翻訳する2
スケボーを楽しんだり、スプレーでグラフィティを描いたりするユーモラスな絵柄が評判となり、湯呑としては異例の人気商品に。

編集M 焼き物の工場を訪問するのは初めてですが、若い職人さんが多いですね。ちょっと意外です。

上出 うちは現在15名くらい職人がいるんですけど、20代、30代の若手が多いです。この道40年のベテランもいますが、自然と若い人が増えていきました。伝統工芸といえば古いもの、おじいちゃんがつくっているイメージがありますよね。僕はそのイメージを取り払って、若い世代にも九谷焼の面白さを伝えたいとずっと思ってやってきました。

僕は大学で油絵を学んで、現代アートに関心があったんですけど、卒業して実家に帰ったとき、うちに並んでいる伝統的な九谷焼のデザインはそのままですばらしいし、他人が見ても面白いと思ってもらえるのではないかと思いました。
たとえば、笛吹という、笛を吹く人物を描いた湯呑のシリーズがあるんですが、大学進学で上京するときに持って行ったくらい好きでした。どんな音が鳴っているんだろう、どういう人なんだろう、作者はなぜこれを描こうと思ったんだろうとか考えるだけでもワクワクします。

最初は見せ方を変えれば、僕が感じたすばらしさも伝わる、売れると思っていました。ふつう九谷焼が売られているのはデパートの和食器フロアが多いですよね。でもそこに行く人は限られるじゃないですか。そうじゃなくて、原宿や渋谷とかを歩いている普通の人にアプローチしたくて、スポーツブランドやアパレルブランドなどとコラボレーションしました。
ただ、話題として注目されたり、メディアで紹介されたりすることと実際に商品が売れることは別だって、だんだんわかってきました。その頃に、ストリートカルチャーを取り入れた笛吹が売れ始めたんです。

編集M 笛を吹いていた人がスケートボードに乗っていたり、ラジカセを持っていたりする絵柄は、私も気になりました。

上出 もともとは、サックス奏者とトロンボーン奏者の結婚式の引き出物を頼まれたときに、「笛吹にトロンボーンを持たせたらかわいいんじゃない?」と思って、トロンボーンを吹く笛吹をつくったんです。それが好評で、頼んでくれた人に許可をもらって商品化させました。当時クラシック音楽を舞台にした漫画の「のだめカンタービレ」の影響もあってクラシック音楽が流行っていたので、いろんなクラシックの楽器を持たせたり、僕はジャズも好きなのでジャズの楽器を持たせたり。

そしたら今度は石川県で有名なスケーターの人に引き出物を頼まれて、スケボーをする笛吹をつくったんです。「笛吹なのにもはや楽器じゃないけど、引き出物だからいいか?」と思っていたら、これも欲しいという人が現れたので、また許可をもらって商品としてつくり始めました。
するとあるとき、スケボーをする笛吹を有名なブログで紹介していただきました。それから急に笛吹シリーズが売れるようになって、セレクトショップでも取り扱われるようになりました。
それがきっかけとなって、いろいろと新しいものをつくるようになりました。招き猫や雛人形もそうですね。昔から続く伝統や文化をそのまま変えずに今の時代に翻訳するような伝え方というか、そういうあり方になっていきました。

製品はすべて手でつくるものなので、できる種類や数には限界があります。でも、上出長右衛門窯ではなるべく昔と同じことをやっていきたいと思っていて、工程を減らしたり、容易な形でモダンにすることはしたくない。昔からの職人の姿、つくる場の風景を変えずに、どこか懐かしいけど新しいと感じるもの、みんなが欲しいと思ってくれるものをつくるのが理想ですね。

水滴の動物たちが誘う、豊かな伝統文化の世界

水滴の動物たちが誘う、豊かな伝統文化の世界1
干支の動物をかたどった水滴シリーズは、2018年の戌年から始まった。ずらりと並べると動物園のよう。
水滴の動物たちが誘う、豊かな伝統文化の世界2
背中の穴から水を入れて傾けてみると、馬の口からポタポタと水が垂れ、思わず歓声が。これが机にあれば、筆で文字を書く機会が増えそうだ。

編集M この水滴シリーズも、新しくつくられるようになった商品ですか?

上出 そうです。工房に古い硯の型が残っているので、過去には硯をつくっていたようですが、水滴はつくっていなかったと思います。水滴は、硯で墨を磨(す)るときに水を注ぐ道具です。いろんな形があって、古くからコレクションの対象になっていました。うちの干支水滴シリーズも、並べて飾っても楽しんでもらえるようにしています。
ぜひ水を注いでみてください。

編集M 恥ずかしながら水滴を使うのは生まれて初めてです。...わあ、口から水が出てきました! これは楽しいですね!

上出 僕は筆で絵を描くのでふだんから水滴を使いますけど、今の時代にふつうに生活していたら墨を磨ることも、筆で字を書くこともないですよね。そんな中で商品として水滴をつくるって、けっこうチャレンジングなことなんです。でも、結果的にはいろんな人が水滴を手にしてくれています。
うちの水滴を「かわいい!」と思って買ってくださる人の一割でもいいのですが、オブジェとして楽しむだけでなく「水を入れて水滴としても使ってみたい」と感じて硯と墨と筆を手に入れて墨を磨ってくれたら、とても嬉しいです。
今は手軽に使える墨汁があるけれど、墨を磨るほうが文字を書く行為そのものが豊かになると思うんです。墨を磨っていると、墨のいい香りが広がったり、心が整ったり、気持ちがいい。本来はそういった時間も全部込みで「字を書く」行為だったことに、使う人が思いをめぐらせてくれたらいいですね。例えば煎茶のお茶会には文人に欠かせない文房具を飾る文化がありますが、水滴を通して、そういう古い文化も伝えられたらいいなと思っています。

僕は九谷焼をつくる家に生まれ、九谷焼に付随する文化にも触れる機会がわりと身近にありました。そういうものの良さを自分なりに感じながら育ってきたと思います。日本の伝統に親しめる機会を持たないことは純粋にもったいないし、今まで続いてきた良いものが自分たちの代で無くなるのは残念だなと感じます。

九谷焼も、窯を燃やすときの燃料やC02排出の問題で、このまま同じように続けられるかはわからないですし、家で食事のときに使う器は割れるようなものは使いたくないという人たちが出てきているかもしれない。この先も今までと同じようにモノをつくって売るということを続けていっていいのか、自問してしまいます。そういうジレンマはどの業界にもあることだと思いますが、自分たちは九谷焼をつくらないと生きていけません。いろいろな問題に対して盲目的にならずに、自分たちの培ってきた伝統的な文化の良さを今の時代に伝えていきたいです。

編集Mのつぶやき

編集Mのつぶやき1
工房で惠悟さんが絵付けした窯のシンボル『寿福老(ことぶくろう)』を発見。
編集Mのつぶやき2
惠悟さんとろくろ師さんの会話する様子にも信頼関係が感じられ、ほっこり。
編集Mのつぶやき3
絵付け後の愛くるしい招き猫たち。編集Mも一匹わが家へ。
上出 惠悟

上出長右衛門窯
直営ショップ 金沢長右衛門
石川県金沢市香林坊2-12-10 1-B
TEL:076-254-6388
10:00〜18:00(火曜定休)

公式HP:上出長右衛門窯オンラインショップ

上出長右衛門窯

上出 惠悟(上出長右衛門窯六代目)
1981年石川県生まれ、2006年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。同年より上出長右衛門窯の後継者として、職人と共に多くの企画や作品の発表、デザインに携わる。2013年合同会社上出瓷藝(かみでしげい)設立を機に、本格的に窯の経営に従事。美術作家、画家としても、油絵、水墨画、瓷板画、磁土を用いた彫刻的作品などを積極的に発表。産地の窯元としての役割と作家としての表現の両方を追求する姿勢は、他の工芸分野の若手にも刺激を与えている。

文:長野 伸江
写真:池田 ひらく

暮らすモノと選ぶモノ展

暮らすモノと選ぶモノ展

バイヤーのmethod代表・山田遊氏が、「自宅で愛用するモノ」と「バイヤー目線で高く評価するモノ」を、「くつろぐ・味わう・整える」の視点でセレクトしました。伝統を受け継ぎつつ、現代の暮らしに馴染むかたちに姿を変えてきた品々が一堂に並びます。目で味わう洗練された形はもちろん、手に取るからこそ分かる質感や丁寧さ。そうしたJapan madeの魅力を堪能できる展示です。

会期:2026年1月4日(日)〜3月24日(火)

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