北欧5か国で取材を重ね、執筆活動やトークイベントなど、幅広い活動で北欧のライフスタイルを伝えている森百合子さん。築90年になる古民家を4回に分けてリノベーションし、自宅にも北欧の知恵やアイデアを取り入れている森さんが考える「暮らしのたしなみ」について伺いました。

―まずは、森さんが北欧に出会ったきっかけについて教えてください。
もともとコピーライターとしてキャリアをスタートして、フィンランドやスウェーデンの大使館と仕事をする機会がありました。ちょうどフィンランドの建築やデザインに興味を持ち始めていた頃で、趣味で楽しんでいたスウィングダンスのレッスンをスウェーデンで受けてみたかったこともあり、北欧4カ国をまわる旅を計画しました。実際に行ってみて、家や街のあり方がいいなと思い、2005年から年に1~2度ペースで北欧の国々を訪れています。
―20年近くにわたる北欧の友人との交流や取材を通じて、北欧における「暮らしのたしなみ」とは、どんなことにあると感じますか?
暮らしのゆとり、という意味では、デンマークの言葉「ヒュッゲ」を思い浮かべます。日本でも耳にする機会が増えましたが、居心地のよい空間や時間を差す言葉です。大げさなことではなくて、家族や友人とあたたかい食事をゆっくり楽しむとか、いつもより少しゆとりをもって過ごす時間のこと。ヒュッゲに限らず、夏休みやクリスマス休暇などリラックスする時間を大切にする、そのための手間を惜しまない、そんな印象はありますね。
暮らし方という面では、住まいづくりに手間や時間をかける人が多いと感じます。長く使える家具をじっくりと選び、暮らしに合わせて、少しずつ手を入れたり。簡単な修繕やリノベーションは自分でやってしまう人も多く、そのための道具やノウハウも充実していると思います。蚤の市やリサイクルショップが浸透し、物をリサイクルしやすい環境があるので、部屋の模様替えもしやすいのですよね。
家に遊びにいくと、部屋をすみずみまで案内して見せてくれたり、インテリアが話題にのぼることも多いですね。「最近、どう?」と近況を話すように、「最近ここをリノベーションしたんだ」という話をしてくれます。また友人の家では子どもが小さい頃から自分の部屋をもたせて、どんな色が好きで、どんな部屋にしたいか自分で選ばせていました。部屋は自分でつくるもの。そうしたプロセスを幼少期から楽しんでいるのだと思います。
―築90年に近い古民家をリノベーションしてお住まいですが、森さんがリノベーションの際に強く要望したのはどんなことですか?
リビング、アトリエ、キッチン、そして寝室と浴室の順で、4回にわたってリノベーションを行いましたが、まず最初に考えたのは、この家を本来の姿に戻すことでした。前の住み手が、テラコッタの土やレンガなどを使って部屋の中までデコラティブな装飾をしていたのですが、この家がもともと持っている雰囲気がよかったし、風通しなども理にかなった造りがされていたので、それを元に戻したかった。柱や鴨居など日本家屋らしい造作もできるだけ残しました。

左:建築当時の面影を残す柱を残しつつ、リビングとダイニングとの仕切りにカウンターを設置。木枠は細くしすぎず天板の角は直線的に仕上げた。
右:食卓から見えるカウンター越しの景色が、森さんのお気に入りだという。
その一方で、北欧の壁紙を貼ったり、手持ちの北欧家具や照明が馴染むようにしたかったので、壁や天井は白をベースにして、テキスタイルや北欧の色が映えるようにシンプルにすることを意識しました。古い家の改築を得意とする大工さんから、材質や木枠の太さなど、どうすると和風に見えて、どうすると北欧(ヨーロッパ)の家らしく見えるかといった点も教えてもらいつつ、日本の気候に合う素材や仕上げ方を相談しながら改築できたのは良かったですね。
―部屋のあちこちにある照明が印象的ですが、森さんの考える「暮らしにおける照明の役割と重要性」について教えてください。

スヴェンスク・テンのテキスタイルを使ったランプを棚の中段に。好きな布をシェードに使ったり、照明自体をインテリアの一部としても楽しんでいる。
部屋の居心地の良さは灯りが決めると思います。
賃貸で暮らしていた時も、照明だけはルイスポールセンのPH3を吊るしていました。まだ家具もろくに揃っていない部屋でしたが、灯りのおかげで居心地がよくなったことを実感しました。家具よりも、まず照明が大事だな、と。また、灯りを組み合わせた方が、居心地のよい明るさが作れると思います。部屋の隅など、暗くなりがちな部分に灯りを置いたり、小さな灯りを重ねて、ちょうどいい明るさをつくる。そうした北欧の灯りの考え方は、暗くなりがちな日本家屋にもちょうどよかったですね。

わが家の照明は北欧ものが多く、特にルイスポールセンの照明は生涯使っていきたいと思うデザインです。部屋の隅に置いているデスクライトやコーナー照明は、蚤の市で見つけたもの。リビングのソファ前に吊るしているのは、Fog & Mørup社の1960年代頃のペンダントライトです。購入したコペンハーゲンのヴィンテージ店で「当時はルイスポールセンと同じくらい人気があった」と教えてもらいました。ヴィンテージ品は、売り主から話が聞けるのも面白いですね。

リビングのコーナーには、デンマークの蚤の市で購入したスタンドライトを。手前のルイスポールセンのペンダント照明
―どうやって空間の雰囲気を照明で演出していますか? 部屋ごとの照明の使い分けや工夫はありますか?
部屋全体を明るくしすぎないことですね。一方で、食事や料理をする手元、作業や読書する場所には必要な灯りがあたるように意識しています。リビング、ダイニング、アトリエ、キッチンの天井にはダクトレールをつけ、ペンダント照明を吊り下げて位置を調節できるようにしています。キッチンもペンダント照明にしてみたところ、手元が明るく照らされて作業しやすいと実感しました。
スマートスイッチを導入して、日の出・日の入りに合わせて自動で点灯する照明もあります。部屋に戻った時に、小さな灯りがともっていると、ほっとします。
―部屋の色づかいにもこだわりを感じます。心地よい空間を作り出している色づかいのポイントは?
キッチンの壁紙は最後まで迷ったのですが、「朝、キッチンに立って元気がでる色に」と決めました。アトリエも同じく、気分が上がるような色を多く取り入れています。ずっと使ってみたかったマリメッコのテキスタイルを大判で使いたかったので、ほかの家具はできるだけ白にして、ビビッドな色が際立つようにしました。一方、寝室は、ゆっくり休めるような穏やかな色合いにしています。

左:キッチンの壁紙に選んだのは、スティグ・リンドベリによる木の葉モチーフの『ベルサ』柄。北欧で見てきたキッチンを参考にしつつ、色やデザインを積極的に取り入れた。
右:リノベーションの際に窓を大きくして光が入るようにしたキッチン。花瓶として使っているビンテージの水差しは、キッチンの窓辺に並べている。

森さんが仕事部屋としているアトリエ。天井から吊るしたマリメッコのテキスタイルは、インテリアの一部として、また本棚の目隠しとしても活躍。
リビングは、色のあるカーテンやテーブルクロスなどを使うと考え、砂壁調の白い塗料で仕上げました。カーテンやテーブルセンターを季節に合わせて取り替えることで変化を楽しんでいます。春〜夏は爽やかで軽やかな色、秋~冬は暖かさのある色を選んで、花瓶や花の色と合わせるのも楽しいです。キッチンやアトリエに比べ、リビングでは欄間や柱など日本家屋らしい造作とも合うような、もう少し落ち着いた色味の布を使う事が多いですね。
―北欧の知恵やアイデアを取り入れ、森さん自身も試行錯誤を繰り返してつくり上げた住まいが、現在のご自宅なのですね。一度に完璧を求めず、少しずつ暮らしを作っていく軽やかさに、ある種の大人の余裕を感じます。忙しい日常の中で、どのように余裕を生み出しているのでしょうか? また、大切にしている時間や物事について教えてください。
古い家というのもあってか、この家に暮らしてから季節をより感じるようになったのはよかったこと。冬の日差しだな、春めいてきたな、ということを、暦だけじゃなく肌で感じるようになりました。
仕事に追われると日常のことがすぐ疎かになるので、花を飾ったりテキスタイルを変えたりして気分転換しています。花は一番手軽に季節を感じられるので、生ける時間は好きですね。

余裕という点では、仕事でも部屋づくりでも、やっているうちにあれもこれもと欲張りたくなるので、あまり目標を大きくしすぎないことを心がけるようになりました。最近つくづく思うのは、「時間がない」と焦るのが一番よくないなということ。時間に追われてしまうと、どんなにいい空間でも居心地はよくならない。「間に合わない」「早くやらなきゃ」と思ったら、仕事も家事も楽しくない。自分がこなせる量を意識して、諦めることも大事だなと思います。
北欧の友人を見ていても、その辺りの割り切りがうまいと思います。たとえば人を招いた時も、料理や準備に手間をかけすぎず、そのぶん一緒に会話を楽しめるようにするとか。「何を大事にして、何をやめるのか」。そういう意識は必要だなと感じます。
それからやっぱり旅は大事です。インテリアのヒントをもらうこともありますし、「こういうものだ」と思いこんでいた考え方が「そうじゃなくてもいい」と気づいたり、違った価値観を持つきっかけにもなります。女性の生き方とか、仕事の仕方、暮らし方など、旅を通じて影響を受けた部分は多いですね。
また、余裕のある暮らしを叶えたり、生活の質を上げる一番の近道は、社会の仕組み、つまり政治を変えることだと思うようになりました。北欧を見ても、居心地のいい住まいの裏側には、国の住宅政策や有識者による啓蒙活動があって、個人のセンスや努力だけでなんとかなるものではないんですよね。もちろんすぐに変えられることではないですが、そうした背景も伝えていきたい。自分の住まいが心地よく安定すれば、外に目を向ける余裕も生まれやすくなる。そういう循環が作れるように、住まいづくりに役立つ北欧の知恵やノウハウを伝えていきたいと思っています。
プロフィール

北欧ジャーナリスト・エッセイスト 森 百合子 (もり ゆりこ)
旅のガイドブックやエッセイ、カルチャー誌への寄稿、北欧の映画解説などを中心に執筆。『日本の住まいで楽しむ 北欧インテリアのベーシック』(パイ インターナショナル)では、築90年になる自宅のリノベーションについて綴っている。
近刊『探しものは北欧で』(大和書房)の続編となる、旅のエッセイ『待ちあわせは北欧で』(大和書房)が3月に発売予定。執筆のかたわら、北欧ビンテージ食器とテキスタイルの店『Sticka』を運営。
公式HP:北欧BOOK
Instagram:@allgodschillun
リビングデザインセンターOZONEでは「暮らしのたしなみ」をテーマに、イベントやセミナーを開催しています。 趣味・嗜好などを凝らした遊び心のある生活やお気に入りのインテリアに囲まれて過ごす時間は、ものを大切にする心をはぐくみ、長く使える質の良いものを選ぶことへ繋がります。 毎日が豊かになるような暮らしのヒントを見つけてみませんか。