実にいい、暮らしの道具
「ニーチェアXの誕生物語」

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※イメージです。

北欧デザイン研究の第一人者であり、生活デザインの提唱者と幅広く知られる島崎 信(しまざき まこと)先生。
その島崎先生が、地に足をつけた暮らしをつくる「実にいい、暮らしの道具」を紹介。様々なテーマのコラム形式でお届けします。

今回のテーマは「ニーチェアXの誕生物語」
前回のコラム「折りたためる椅子」にも登場した椅子・ニーチェアX。 この椅子のデザイナーである新居 猛(にい たけし)さんとも親交の深かった島崎先生に、 ニーチェアXがいかにして生まれたのか、時代背景なども踏まえてお話しいただきました。

島崎 信(Makoto Shimazaki)
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武蔵野美術大学名誉教授。
1956年東京藝術大学美術学部卒業。 1959年デンマーク王立芸術アカデミー建築科修了。
王立芸術アカデミーのオーレ・ヴァンシャー教授のもとで研究員として家具デザインを学び、 ハンス・J・ウェグナー、フィン・ユール、ボーエ・モーエンセン、 ポール・ケアホルムらデンマークのデザイナーたちと交流。
北欧デザイン研究の第一人者であり、生活デザインの提唱者として 国内外でインテリア、プロダクトデザインに関わるほか、 家具・インテリアデザインの展覧会やセミナーの企画も多数手掛ける。 主な著書に「デンマーク デザインの国」「美しい椅子1〜5」など。
リビングデザインセンターOZONEでは「暮らしのかたち(旧ノルディックフォルム・にっぽんフォルム)※現在閉店」にて 20年以上わたりアドバイザーとして関わる。

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新居 猛さん

― 新居 猛さんの生い立ち

新居さんは1920年に徳島県で生まれました。
おじいさんが古物商で働いていたそうですから、モノの美しさを見極める目が もともと備わっていたのかもしれません。
さらにおじいさんが副業で営んでいた竹刀や小手など剣道の道具や胴着をつくる仕事をお父さんが継ぎ、 以降新居家は、剣道具・柔道着など販売と一部製造を営んでいました。
手縫い・ミシン掛けなどの縫製も身近で行われており、子供の頃の新居さんも、 布にチャコで印を付けるなど手伝いをしながら、縫製の行程を身につけていったようです。

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※イメージです。

ところが戦後、GHQの政策である「武道禁止令」により、柔道・剣道が禁止となり、 家業である柔剣道具の販売ができなくなってしまいました。

なんとか食べて行くために、県の職業補導所の木工コースに入って 家具づくりを学びはじめ、その後1949年には、友人とともに木工所「便利堂」をつくって、 ご近所の棚をつくったり、建具を修理したり、小回りの利く便利屋さんのようなことをやっていたのだとか。

サンフランシスコ講和条約によって、武道が解禁された後は、再び剣道の道具を作り始め、 並行して、家内生産で家具を作っていました。

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AXチェア

1950年代後半になると、日本でもデザインに目が向けられるようになり、 各国の家具や生活デザインの展示会が百貨店などで開催されるようになりました。
新居さんは展示会に出品されていたAXチェア(デザイン:ピーター・ビット&オーラ・M・ニールセン)を見て 「構造的に随分無理な張地の止め方をしているな」と思い、 「なぜ椅子がこんなに高いのか」という印象を受けたそうです。 その椅子をきっかけに、どうしたらもっとコストを下げた椅子が作れるか、 と新たな椅子の開発に関心が向けられていったようです。

そうした試行錯誤の末、商品梱包材の値段や、輸送費、倉庫代などの関連コストを下げるために、 折り畳み式の椅子を考えだし、コンパクトパッケージを実現して、コストダウンをはかる道を見出しました。

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※イメージです。

― ニーチェアXの誕生物語

丁度その頃、中小企業省が日本の家具の技術向上を目的に、家具の先進国・デンマークからオーソリティーとして コペンハーゲン市立工業技術大学で私の指導教授を務めていたイェンセン教授を招くこととなり、 私はその通訳として共に全国を回りました。
その途中、1960年の暮れに徳島を訪れた際、私は初めて新居さんに会ったようですが、 実ははっきり覚えていません。
ただそこで新居さんが生みだしたアルミ製の脚をもつ、軽量な折り畳み椅子を目にして、 こういうデザインを出来る人がいるのだなあと強い印象を受けたことを覚えています。

その後、新居さんの椅子は木工展などで評価されるようになり、さまざまな賞を受賞することになりました。 メディアなどでも取り上げられ、豊口勝平*さんには、「これは機能・生産・デザインともに完璧な椅子だ」と絶賛されたそうですよ。

豊口勝平*...日本の家具・インテリアデザインのパイオニアの一人。仙台の産業工芸試験所の部長を勤め、 退任後、武蔵野美術大学のインテリアの教授として後進を指導した。

数年後、新居さんが東京の私のもとへ相談に来ました。 心血注いでつくった折りたためる椅子に名前を付けたいということだったのです。

私は「"NY(ニー)チェア"はどうでしょうか 」とアドバイスしました。 デンマーク語でNY(ニュイ)は新しいという意味。また、語感も新居さんの苗字にも通じるものがあります。 新居さんはこの名前を大変気にいられたようです。

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― カレーライスのような椅子

その後ニーチェアXが売れ始め、日本だけでなく世界にも輸出されるようになってからも、 その生産は徳島の自宅工場で続けられ、ご家族で頑張っていらっしゃいました。

シートのキャンバスは、座る部分がどうしても伸びてしまうので、その対策としてシートを水につけて、 足で踏んで伸ばすだけ伸ばしてから出荷したり、パイプを曲げるパイプベンダーという機械を自作したりと 日々工夫と改良を重ねることも忘れません。

新居さんは「座り心地を落とさず、とにかく安く道具のように役立ってこそ椅子」という信念のもと、 「多くの人から愛されるカレーライスのような椅子づくり」を実践されていました。

結果、50年以上経った今でも世界中で愛されるロングセラーの椅子になっていったのです。

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ニーチェアX 50周年記念モデル

― 現在のニーチェアXと50周年限定モデル

現在のニーチェアXの製造は徳島を離れ、メーカー・藤栄(ふじえい)に引き継がれました。
座面の帆布は岡山県・倉敷市で作られており、今となっては古い織機でしか織り上げることができない、 丈夫な特別仕様でオーダーしています。

そんな訳で、どうしても生産数は限られてしまいますが、座り心地や耐久性に影響する大事なシートなので、 そこはこだわりを持って作り続けています。
当時はメッキだった脚もより丈夫なステンレスに変更し、メーカーに引き継がれた後もさらに、 品質にはこだわり続けています。

2020年にはニーチェアX発売50周年を迎え、記念モデルも発売されました。(※記念モデルの販売終了しています。)
シートは使いこむごとに深まる風合いが楽しめる「Kinari(生成り)」と「Kuro(黒)」の2色が登場し、 アームも経年変化が楽しめるようオイル仕上げになっていて、アームの裏にはレーザー加工でシリアルナンバーと 新居さんの名前が彫られている仕様も好評を博しました。

新居さんの「いつの時代も変わらず愛され続ける良い椅子をつくる」という想いは、 私たちが紡いでいかないといけません。
もちろん発売当時の価格¥2,900とはいきませんが、変わらずリーズナブルな価格で、 より品質の良いものをこれからも作りつづけてほしいと願っています。

『ニーチェアX』公式サイトはこちら

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