
2018年9月24日(月)に、料理研究家の有元葉子氏、そして有元氏の長女で建築家として母のスタジオや別荘の設計を手がけた八木このみ氏を迎えたトークイベント『有元葉子 私の住まい考 ―家と暮らしのこと―』が開催された。母娘であり、施主と設計者という関係性の中でどのように家づくりを行ったのか。両氏と親交が深いインテリアデザイナーの小野由記子氏がファシリテーターを務め、それぞれの住まいと食の原風景とライフスタイル、家や暮らしのこだわりについて紐解いていった。
取材・文/阿部博子 撮影/大倉英揮
第2部

休憩をはさみ、第2部は2003年に竣工し、八木氏の独立1作目となった野尻湖の別荘の設計のエピソードが披露された。長野県の最北端に位置する野尻湖畔に40年間放置していた土地に別荘を建てる計画がスタートしたが、1年がかりで設計したプランは予算がかかりすぎることで頓挫してしまう。「気持ちをリセットするために、家族で3か月のインド旅行に出かけました。文明と離れた暮らしに触れることで志向が解きほぐされ、"等高線に沿った家"というインスピレーションが降ってきたのです」と八木氏は設計当時の思いを振り返った。
有元氏は別荘に友人をよく招くといい、その誰もが驚くのが曲線状の窓からの眺めと、長さ5.3mのカウンターキッチンだと語った。イタリアの暮らしで、火や暖炉の魅力を知った有元氏は「カウンターキッチンの上に暖炉を作りたい」と八木氏へ希望を伝え、その結果、コンクリート天板のカウンターキッチンが誕生。「この暖炉は何かを焼いて食べたくなるんです。火と暖炉があると人は自然と集まってくるもの。そういう楽しい空間ができました」と有元氏が話すと、来場者はスクリーンの暖炉の写真に釘付けになっていた。

小野氏は「有元さんは普段道楽ですよね」と問うと、八木氏は葉山に新しいアトリエと料理スタジオを作る計画が現在進行形で進んでいるプロジェクトについて明かした。小野氏は「東京、イタリア、長野、そして葉山と多拠点で暮らすのはなぜか」と聞くと、「自分がいる環境を変えるということは、その都度違う脳の部分を使っている感覚がある。定期的に拠点を変えて暮らすことは自分にとって頭のストレッチになっているのかもしれない」と有元氏は笑いながら答えた。これを受けて小野氏は、自身が活動するケアリングデザインに触れ、「50代以降の大人世代の住まいや医療やケア空間について日々研究やヒアリングを行っているが、50歳を過ぎて自己実現ができる素敵な人たちを見ていると、彼らに共通しているのは自炊をして食を大切に暮らしているように思う。有元さんにもそれを感じますが、それについて思いあたることはありますか」と問うと、有元氏はうなずきながら「大いに直結していると思います。外食に頼っていると心も身体も弱っていく。自分で手を動かし、自分の身体が欲しているものを理解している人は強い。料理とは脳の体操とも言える。友人のCWニコル氏の『ジャストトライ』という言葉がとても好きで、自ら試みることが大切だと思う。住まいづくりも生き方も、自分が進みたい方向にもっていくことが大事」だと語った。
その後、有元氏と八木氏は来場者からのアンケート形式の質疑応答に応えた。「正月のおせち料理づくりで決まって作る献立はあるのか」という質問に対して有元氏は「黒豆や田作りなど一般的なおせち料理を作っているが、年末の25日以降は有元家の家族全員が集まっておせち作りをして、分けて持ち帰るのが習慣になっている。そのため年末は仕事が入れられない」といったエピソードが披露された。最後に有元氏にとっての住まいへの思いについて問われると「滞りのない暮らしをしたいという思いがすべて。リノベーションとは、その人らしい暮らしができるチャンスだと考えている」とイベントを締めくくった。その言葉に有元氏の美意識と芯の強さが表れており、料理だけでなく、そのライフスタイルまで多くの人々があこがれている理由が分かったような気がした。