リビングデザインセンターOZONEでは冬のイベント「暮らしのたしなみーおとなの遊び心―」に連動し、料理家の細川亜衣さんにお話を伺いました。
熊本市の廃寺をリノベーションしたアトリエ<taishoji>を拠点に、料理教室や工芸の展示会、マーケットなどを企画運営している細川亜衣さん。日々の暮らしで大切にしていることを伺う中で、ひとりひとりの「暮らしのたしなみとはどんなことか」を考えていくきっかけをいただきました。
―2013年、陶芸家の細川護光さんとの結婚で東京から熊本に移住する際、泰勝寺跡の古い僧房を自宅にリノベーションされています。細川さんが住まいづくりで自身から要望したことはどんなことでしょうか?
自宅は京都の建築家の方に改修を依頼したのですが、幼い頃から家や暮らしにとても興味があったため、インテリアなどの細かな部分は夫から基本的に全て任せてもらいました。
古いものと新しいもの、自然と人の手によるもの、東洋と西洋、様々なものが交錯するとても心地のよい家が生まれたと思います。特に気に入っているのは台所と家族用の小さな食堂、そして寝室でしょうか。
我が家は公道に面していないのですが、庭には生垣以外にも木をこんもりと茂らせて、外から家の中がほぼ見えないような植栽にしています。
閉ざされた空間が苦手なので、家中のほとんどの窓にはカーテンも障子も何もつけていません。
台所はもちろん、家のどこからでも緑が見えるのが何より幸せなことです。
―今のお宅で暮らすようになって、ご自身で変わったと思われることは?
たくさんのことが変わったと思います。特に感じるのは、自然と自分がつながっているということです。
東京で暮らしていたときに比べて、我が家の庭だけでも何千倍もの植物がいつも身の周りにあります。
そのボリュームの違いももちろんですけれど、自分で庭造りもしたいと思い、近くの森へ出掛けては観察し、そこで気に入った植物の苗を植えたり、庭木の移植をしたりを繰り返してきたので、
今ではかなりの植物の名前を言えるようになりました。自然に馴染むことで、植物への理解が深まったことは、とても大きな財産となっています。
―料理に使う食材も変わりましたか?
よく使うようになった食材は、たとえば山菜ですね。たけのこやふきのとうなどはもちろん、以前はほとんど口にしたことがなかったような山菜や野草もここではのびのびと生えています。
前は自分にとって山菜は家の庭で採れるものという概念がなかったのですけれど、ここでは冬の終わりから秋口くらいまで、様々な食べられる野のものがたくさん採れるので、自然に使うようになっていきました。
庭では野菜やハーブも育てていて、それらも料理の大きなインスピレーションとなっています。
山菜や野菜をはじめ、熊本は素材そのものの味がしっかりしているため、よりシンプルな味つけを心がけるようになりました。
―<taishoji>での料理教室にはどんな方が参加されているのですか?
参加者のほとんどは熊本県外の方が多く、海外から参加される方もいらっしゃいます。
「野菜と果実を食べる会」といって、季節の野菜と果実だけを使った料理をフルコースで楽しんでいただく会も行っています。
料理教室も食べる会もどなたでも気軽に自由にご参加いただけます。
―20代ではイタリアで料理修業をされ、その後も海外で出会った方々から地元の料理を学び、彼らとの長年の交流を著書で紹介されています。素敵な人間関係は料理あってこそのものですか?
知り合うきっかけが料理であっても、その後の人間関係を育てていく上で、料理がプラスαとなることはもちろんありますが、それだけが大切ではないですね。
私は基本的にどんな方とでもあまり距離をつくらず、目上の方でも年下の方でも、世代、男女、外国の人とでも対等な関係でいたいなと思っています。
仕事でご一緒している方や協力してくださっている方とも、基本的に人間関係は対等で、ということですね。
そう思うようになったきっかけは、イタリアに暮らしてからでしょうか。イタリア人はあまり上下関係が強くなく、フラットな人付き合いをします。
知り合って間もない方とも挨拶で抱き合ったりするし、いい意味で距離感が近い感じがします。
フランクなコミュニケーションに戸惑う人もいるかもしれないけれど、私にとってはその経験から、誰とでも対等に向き合うことを意識するようになったかもしれません。
―日本とイタリアでは「暮らしのたしなみ方」は違いますか?
たとえば、「暮らしのたしなみ」という言葉を、「暮らしの決まりごと」という風にとらえると、イタリアでは逆にそういったルールのようなものから完全に離れたところにイタリアの人々の暮らしがあるのかな、という印象ですね。
これはイタリアだけでなく日本でも、暮らし方は皆さんひとりひとり自由だと思います。ですから、全員に共通するような言葉でまとめるものではなく、自分が意識して行動し、考えることが「暮らしのたしなみ」へと繋がるでしょうか。
私自身が暮らしで心がけていることをあげれば、食べ物でいえばできる限り「地のもの」を食べるとか、好きな人たちと食事をするとか、たくさんあります。
―食べることや料理以外で心がけていることはどんなことですか?
暮らしを心地よい状態に整えるために気を付けているのは、清潔感でしょうか。
掃除が行き届いていること、すっきりとして、ものが散らかっていないことが一番だと思います。
本当に必要なものだけを持って暮らすというのが理想ではありますが、ものや作り手の方々との出会いは尽きず、いまはそれらのものとどう付き合ってゆくかが課題です。
ものを選ぶときの基準は、自分が好きかどうか、ということですね。taishoji のオンラインサイト"エプロンとレシピ"で扱っているものも、基本的には自分が好きで、お客さまにも喜んでもらえそうなアイテムを集めています。
我が家のなかでも、家族それぞれの空間があって、子どもは子ども部屋、私は台所とか、それぞれの空間の主が好きなようにその空間を整えるべきだと思うので、お互いに干渉はしません。
とはいえ、我が家ではそれぞれの感覚がそうかけ離れたものではないので、特に誰かが我慢することなく暮らしていると思います。
―「好き」という感覚が、細川さんの暮らしを豊かに彩るのですね
感覚は人によっても、状況によっても変化しますよね。たとえば、「美味しい」という感じ方ひとつも幅は広くて、いろんな度合いがあると思います。
食材だけ、調理方法だけが理由ではない。最高の食材を使ったから、最高に美味しいということでもありません。周囲の人たちとの関わり方や、環境、そのときの気持ち、健康状態など様々な理由が含まれるのではないかと思います。
特に美味しさを感じるのは、そういった様々な背景も含め、ベストな状態で食べものが口に入ってきたときだと思います。「美味しい」という感覚はひとつの理由では言い表せないように、暮らしも同じではないかと。
何かを「好き」と感じることは、誰にとっても楽しいことですよね。自分の好きなものと楽しく暮らす。日々を機嫌よく過ごす。自分自身も周りの方々も、全てそこに繋がっていくという感じがします。
プロフィール
料理家 細川 亜衣(ほそかわ あい)
住まいのある熊本市の旧跡・泰勝寺跡に"taishoji"を設立。
毎月の料理教室や"食べる会"、工芸の作家の展示会を主宰。料理の映像制作や海外での料理会など、さまざまな活動を行っている。
リビングデザインセンターOZONEでは「暮らしのたしなみ」をテーマに、イベントやセミナーを開催しています。 趣味・嗜好などを凝らした遊び心のある生活やお気に入りのインテリアに囲まれて過ごす時間は、ものを大切にする心をはぐくみ、長く使える質の良いものを選ぶことへ繋がります。 毎日が豊かになるような暮らしのヒントを見つけてみませんか。