ニューノーマルと呼ばれる昨今、人々のライフスタイルへの意識や、働き方などが大きく変容している。建築とその周辺領域に対して求められる職能もまた、変化が求められている。
「WEB OZONE」では、建築を中心とするクリエイターたちがどのように働き、経営者として事務所を切り盛りしているのか、「仕事術」をテーマにインタビューを行うシリーズを2022年3月にスタートした。
彼らの「仕事術」とはどのようなものか? 読者それぞれの仕事に置き換えてみる、そんなきっかけになればと考えている。

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第四回となる今回は、一級建築士事務所の再生建築研究所を率いる、建築家の神本豊秋氏にインタビューを行った。リファイニング建築で知られる建築家の青木茂氏の事務所に8年間勤務したあと、2012年に独立。現在は、20数名のスタッフを抱え、東京・表参道の住宅街にて、築60年を超える木造家屋を複合施設(長屋)に用途変更して再生させた《ミナガワビレッジ》に事務所を構える。全国に新築・改修を抱え、既存ストックの有効活用からまちづくりへと波及させるプロジェクトも進行中だ。
今年2月には、東京・南青山のプリズミックギャラリーにて、事務所として初の個展「サイセイ展」を開催。これまでに手がけたプロジェクトの模型や写真とともに「再生建築を文化にする」「建築の不可能を可能に」というスローガンを掲げて展示を行い、現代における「再生建築」の重要性を世間に問うた。

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プリズミックギャラリー「サイセイ展」会場風景(提供:再生建築研究所)

彼らが実践する「再生建築」は、どのようなものか? 事務所を率いる神本氏に、2018年のオープンから5年が経過した《ミナガワビレッジ》で話を聞いた。

今回のインタビューで印象深かったのが、要所で「バグ」や「エラー」というワードが繰り返し使われたこと。システムの不具合を意味するものだが、再生建築研究所によるストック再生の成功例に付随するものであり、神本氏ならではの表現として異彩を放った。

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再生建築研究所を率いる神本豊秋氏(ミナガワビレッジ中庭にて撮影)

代表作《ミナガワビレッジ》について

ー表参道に近い原宿の閑静な住宅街にある《ミナガワビレッジ》は、神本さんたちが実践している「再生建築」の初期のプロジェクトであり、代表作です。手がけることになった経緯など概要を教えてください。

神本この建物は、皆川さんという個人のオーナーが1957年に戸建住宅を建てた後、1964年と67年に増築があり、さらにその後もDIY的な手法で築山や書庫などの増改築を重ねて、1つの敷地に大小4つの木造建造物が建っている、法律上は違法建築でした。また、耐震基準では、いわゆる新耐震基準と言われる1981年施行の建築基準法に則っていない、既存不適格[※1]な状態です。そして、竣工時の図面や検査済証は残っていない。全国的にみてもよくあるケースでした。

これを改修する場合、違法部分を適法化し、新しく既存図面を引き直して既存不適格証明をとり、現法に適った検査済証も取得して是正しないといけません。かなりの手間がかかり、専門知識も必要になるため、古い建物がやむなく取り壊しになる要因となっています。

※1:既存不適格建築物:建設当時は適法だったものが、その後の建築基準法改正などにより、法律に適合しなくなった建物を指す。施行以降も引き続き既得権が認められている「適法建築」である。しかし、課題として適法がゆえに耐震や避難が現行法規に満たしていないものが残ってしまうという社会的課題がある。

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改修前の《ミナガワビレッジ》
再生プロジェクトでは既存4棟の違反状態を是正し、60年ぶりに検査済証を取得した

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今日の表参道では貴重となった緑が生い茂っていた、改修前の状態(提供:再生建築研究所)

神本この《ミナガワビレッジ》も、資本主義のセオリーに則れば、取り壊して、この辺りでよくみかける地下1階+地上4階建ての、没個性的なビルになっていたでしょう。加えて、かかった費用の回収に何十年も要してしまう。建物と土地を引き継いだご親族はそれを望まず、歴史を重ねてきた建物をできれば残したいと希望された。そこで、コンサルティングで入っていた東急株式会社(以下、東急)と事業コンペに参加し、他社が新築のみの提案だったところ、僕たちは再生提案を行いました。2017年後半のことです。

ここで僕たちは、耐震補強はもちろん環境解析もやり、断熱を施して建物を残すとともに、このエリアでは貴重となった緑の木々や、皆川さんが時間をかけてつくった築山を含めて、庭も最大限で残すことを提案しました。 旧主屋の曳家が必要で、通常のリノベーションに比べて桁が1つ多い金額になるのですが、複数のテナントや賃貸住戸を入れて、初期投資を10年で回収できる運営計画をセットで提案し、これが採用の決め手となったと思います。オーナーと東急のほかに、融資元である銀行が、投資に値する事業であると判断してくれたのです。

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事業コンペに提出した資料の一部

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改修工事中、スケルトン状態のA棟(旧主屋)

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改修工事中、スケルトン状態のA棟(旧主屋)

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改修後の《ミナガワビレッジ》 提供:再生建築研究所

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建築模型による北西側全景。左側(下屋を増築したA棟1階)が再生建築研究所の事務所、右側(増築されたC棟)1階にカフェ《Higuma Doughnuts × Coffee Wrights 表参道》が入居している

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《ミナガワビレッジ》建築模型(2023年プリズミックギャラリー「サイセイ展」展示より) 本インタビューは、中庭に接したA棟の1階(屋根の部分が取り外されている棟)にて収録された。

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現在の《ミナガワビレッジ》外観 ミナガワビレッジの運営には再生建築研究所が参画している。1階のテナント〈HIGUMA Doughnuts × Coffee Wrights〉は、平日でも行列ができる人気店。

一般社団法人日本建築学会 YouTube「2020年日本建築学会作品選集新人賞 ミナガワビレッジ」(2020年4月17日)

渋谷のエッグマンはこうして残された

ー渋谷の伝説的なライブハウス、エッグマン(Shibuya eggman)が入っていた神南1丁目のビルも既存不適格で、存亡の危機に瀕したところを、神本さんたちが救いました。

神本2019年の4月から工事を始めて、翌年1月に完成した、《神南一丁目オフィスビル再生計画》というプロジェクトです。

既存建物は1976年竣工のコンクリート造で、外装に大判の石がモルタルで張られていて、もし大きな地震が発生したら落下する危険性がありました。ビルの持ち主は東急で、それまでにも現法に準じた耐震補強ができない古いビルをやむなく壊していたのですが、地下にエッグマンがあるこのビルはどうしても残したいと相談を受けました。《ミナガワビレッジ》での僕たちの仕事ぶりを踏まえてのことです。

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インタビューに応じる神本氏

僕たちが提案したのは、既存の躯体に足し算で補強するのではなく、この外装の石と躯体をとっぱらい、建物を軽くして、耐震補強の物量を半分に減らした、減築による再生でした。これなら地下のライブハウスに補強を入れずに済みますし、テナントが入居したままでも改修工事を行えるメリットがあります。

このプランに影響しない接道の反対側に大きめの補強を入れたり、躯体の内側に断熱材を入れるなどして、違法の状態を是正し、建物を再生しました。20年前につけた空調や設備も、交換せずに使い続けることができています。

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《神南一丁目オフィスビル再生計画》 建物外観(撮影:長谷川健太)

ーリノベーションならではの、荒々しい、個性的な外観になりましたね。

神本実は、クライアントからは最初の頃、石張りをやめて板金で仕上げてほしいと言われていました。でも、石を剥がしたことも含めてこの建物の履歴だと言えます。耐震補強工事をしている間の時間軸も、この建物の大切な記憶となるのだから、石を剥がした跡のコンクリートのザラザラ感をあえて残しましょうと提案して、了承されました。

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職人による手斫(はつ)りの様子(提供:再生建築研究所)

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《神南一丁目オフィスビル再生計画》ファサードの仕上げ(撮影:長谷川健太)

神本ちょっと謎めいた外観となったことが功を奏したのか、こんなことがありました。 2020年の1月に工事が終わってすぐ、コロナ禍になってしまい、国内大手企業の入居がキャンセルになってしまった。これはもう当分、どこも入ってくれないなと諦めていたところ、なんと、外資系のAmazon Musicがここに入りたいと指名してきた。既存ストックを残すこと、そこに自分たちのオフィスを構えるのはクールだと。グローバルな企業ほど今、コーポレートアイデンティティとして、カーボンニュートラルやSDGs、ESG投資[※2]に熱心ですからね。

渋谷は、公会堂(LINE CUBE SHIBUYA)があり、NHKホールもあり、音楽文化の伝統があるまちです。エッグマンが残ったこのビルから、世界に向けて音楽を発信しているAmazon Musicというブランドを象徴するオフィスになっています。

※2.ESG:環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の頭文字からとった略称

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Amazon Music オフィス内観

神本もしも仕上げに板金を使って見た目を新築のようにしていたら、おそらくAmazon Musicは入居しなかったでしょう。
この「はつりのディテール」や、それによってまちにもたらされる効果を、僕たちは「都市のバグ」と呼んでいます。そして、都市にバグを起こすことができるのが、再生建築だと考えています。

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《神南一丁目オフィスビル再生計画》 夜間外観(撮影:楠瀬友将)

「バグ」から生まれる都市のつながり

ー都市にバグを起こすとは? どういう意味で、どのような効果があるのでしょうか。

神本この《ミナガワビレッジ》で例えると、建築単体ではなく、その周りに生まれる空気感や世界観、失われつつある記憶みたいなものを失うことなく、時間軸としてまとわせることができている。それが、再生建築の良さだと思っています。

この界隈は、賑わっている表参道から1本脇道に入ると、低層の木造住宅が密集しています。ひと昔前には、庭に木が植えられ、池もあり、緑と光にあふれた、都心でも珍しい環境があったのに、今では失われるばかりです。1平米でも床面積を広くとって建て替えて、30年計画で収支計算するほうが経済効率がいいからです。

でも、そこで僕たちは、築50年以上の木造建物を新築に負けない構造にして、さらにはブランディングやコンサルティングもやらせてもらい、実際に収支を生み出すことに成功しています。
新築至上主義の一般的な経済のセオリーからは外れている、いわば都市のバグ、都市にエラーを起こさせるような建築なんだけれども、あと60年は継続できる再生事例として《ミナガワビレッジ》は存在している。

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《ミナガワビレッジ》 撮影:長谷川健太

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《ミナガワビレッジ》では、コロナ禍以前は季節ごとに夏祭りや餅つき大会を開催(現在、感染症対策を実施して一部再開)。店子のほか、周辺住民も参加している

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《ミナガワビレッジ》での「お月見会」の様子(撮影:再生建築研究所)

神本嬉しかったのが、改修工事が終わったあと、地域へのお披露目会のときに町内会の人たちや、80歳を超えた町内会長さんたちまで来てくださったのですが、僕たちに「生前の皆川さんに会ったことはあるか」「皆川さんはこういう人だったよ」と、いろいろな話をしてくれたのです。
原宿という都市のスケールで、地域の人たちが《ミナガワビレッジ》にまつわるストーリーを語り、それを僕たちのような新しい住民と共有してくれる。これを単にコミュニティの創出と表現するのは、ちょっと違うなと肌で感じていて、これもまた、再生建築がもたらした「都市のバグ」ではないかと思うのです。新築で建てていたら、こういうお付き合いにはならなかったのではないでしょうか。

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かつてのオーナー、皆川さんの旧蔵アルバムを眺めながら、《ミナガワビレッジ》に集った人々が思い出を語り合う様子(撮影:再生建築研究所)

大手デベロッパーと取り組むエリア再生

ー2018年のミナガワビレッジ、2020年の神宮前1丁目オフィスビル再生計画と、どちらも東急が関わっています。2021年4月には業務提携[※3]も結んでいますね。

神本東急電鉄沿線の既存建物を再生し、サステナブルな街づくりを目指す東急グループの取り組みに、設計者として参画しています。例えば、世田谷区太子堂にある旧耐震基準のオフィスビルの改修計画や、駅舎の改修プロジェクトなどが進行中です。

※3:東急と再生建築研究所の業務提携:2021年4月に締結
・建物再生事業への取り組み(2021年8月25日東急プレスリリース)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000612.000010686.html
・再生建築研究所が発信したプレスリリース(2022年4月6日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000092050.html

東急との最初の仕事は、《ミナガワビレッジ》の1年前、2017年の《渋谷100BANCH》でした。どのような経緯で依頼があったのですか。

神本渋谷駅近くのBarで、僕が泥酔していたとき、カウンター席の隣に座っていたのが、東急の方でした。その前から僕は、ことあるごとにリノベーションでこんなおもしろいことができます、建築の不可能を可能にしますと言ってたんだけど、誰も耳を傾けてくれなかった。でもその方はおもしろがってくれたのです。いつか一緒に仕事しようとも言ってくださった。酒の席でしたが、その後すぐに連絡をくれたんです。それが、僕が耐震補強を担当することになった、2017年の《渋谷100BANCH》プロジェクトでした。

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神本氏が担当した、改修前の《渋谷100BANCH》内観
渋谷川沿いの整備事業の一環で、東急電鉄が所有する築41年の鉄骨造3階建ての事務所兼倉庫を、複合施設に用途変更(コンバージョン)したプロジェクト。企画・運営はパナソニック、ロフトワーク、カフェ・カンパニー。2階と3階の空間デザインとファサードのデザインを、スキーマ建築設計(代表:長坂 常)が担当した。
https://www.tokyu.co.jp/image/news/pdf/52c9d0466551da684dca158aaaeee607d94a3a37.pdf

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《渋谷100BANCH》内観(改修後)

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ブレース補強配置図 / 3カ所から11カ所に補強を分散させている(提供:再生建築研究所)

神本このときも現法に準じた耐震補強が必要でした。僕が参画する前の見積もり段階では、巨大な補強が3つも入ってました。それでは空間を圧迫してしまい、テナントが入ってくれない。リーシングできないなら、取り壊して駐車場にでもするしかないが、壊さずに再生できるかと相談され、やれますと答えました。大きな3カ所の補強計画から、圧迫感のない小さめの補強に変えて、それを11カ所にいれて、是正しました。僕は大学で耐震工学を学んでいたので、その知識が役に立った。

それ以来、さまざまなプロジェクトが途切れることなく続いてくれています。 東急と包括協定を結んだことで、今までは物件単体のプロジェクトだったのが、建物の再生をエリア単位で行う規模に拡大しています。所員は自分ひとりだけ、実績もない頃に《100BANCH》のプロジェクトを任せてくれた東急さんをはじめ、これまでのクライアントへの恩返しのつもりで日々のプロジェクトに取り組んでいます。

インタビューの前編はここまで。後編では、これまでのインタビューでも恒例となっている、建築の世界を目指したきっかけ、影響を受けた人物について話を聞く。神本氏は「王道を進まず、間違いだらけの選択によって今の僕が形成された」と10代の頃を振り返っている。インタビュー後編はこちら

神本豊秋氏 プロフィール
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1981年大分県生まれ。近畿大学九州工学部建築学科卒業後、青木茂建築工房に8年間勤務。2012年に独立し、神本豊秋建築設計事務所(当時名称)を設立。同年に東京大学生産技術研究所(川添研究室)特任研究員に着任し、東京大学総合図書館の改修に参加。2015年に再生建築研究所を設立。事業コンペで採用され、同所で改修設計した《ミナガワビレッジ》に2018年5月より入居、施設の運営も行っている。

主な受賞(共同受賞を含む)と作品として、2017年《渋谷100BANCH》、2018年《ミナガワビレッジ》(2019年東京建築士会住宅建築賞、2020年日本建築学会作品選集新人賞、2021年グッドデザイン・ベスト100ほか)、2020年《豊後大野の住宅》、2020年《神南一丁目オフィスビル再生計画》(日本空間デザイン賞2022入選)、2021年《アマネク別府ゆらり》、2022年《東郷の杜 東郷記念館》改修(フジワラテッペイアーキテクツラボとの共同設計)、2022年《神田錦町オフィスビル再生計画》、2023年に北海道北広島市に開業したHOKKAIDO BALLPARK FVILLAGE」内の《VILLA BRAMARE(ホテル)》《Truffle BAKERY & RESTAURANT(ベーカリー・レストラン)》などがある。

再生建築研究所 / SAISEI LABORATORY Website

https://saiseikenchiku.co.jp/

取材・文/遠藤直子


※2023年7月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。

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