ニューノーマルと呼ばれる昨今、人々のライフスタイルへの意識や、働き方などが大きく変容している。建築とその周辺領域に対して求められる職能もまた、変化が求められている。
「WEB OZONE」では、建築を中心とするクリエイターたちがどのように働き、経営者として事務所を切り盛りしているのか、「仕事術」をテーマにインタビューを行うシリーズをスタートする。
彼らの「仕事術」とはどのようなものか? 読者それぞれの仕事にも置き換えて、考えるきっかけになればと考えている。

設計事務所と一般社団法人の代表、飲食店と焼き菓子屋、宿も経営する建築家がいる。東京・千駄木に事務所を構える、HAGI STUDIO代表の宮崎晃吉(みやざき みつよし)氏だ。
下のマップは、HAGI STUDIOのカンパニープロフィールに出ている、千駄木・日暮里エリアで同事務所が展開している事業のマップである(カッコ内の年数はオープンした年)。
店舗の詳細については、ここでは割愛するため、リンク先の同プロフィールを参照されたい。

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1.最小文化複合施設「HAGISO」(2013年)
2.宿泊施設「hanare」(2015年)
3.お惣菜・お弁当「TAYORI」(2017年)
4.まちの教室「KLASS」(2017年、HAGI STUDIO オフィス内)
5.一級建築士事務所 HAGI STUDIO
6.焼菓子「TAYORI BAKE」(2019年)
7.カレー屋/立呑み屋/本屋「西日暮里スクランブル」&KLASS(2019年)
8.ダイニングカフェ・バー「LANDABOUT TABLE」(2020年)
9.八百屋 / 移動販売「TAYORI MARKET」(2019年)*MAP圏外
10.コーヒースタンド「G8」(2020年、銀座)*MAP圏外
11.ジェラート・クレープ「asatte」(2022年)

HAGI STUDIO History

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「HAGISO」外観

上記の店舗ないし施設は、「LANDABOUT Table」を除いて既存建物を改修し、いずれもHAGI STUDIOが設計を手掛けた。特筆点は、引き渡してオープンしてプロジェクトが終わらないこと。 HAGI STUDIOではその後の運営にも携わっている。売上がもし悪ければ、赤字となるリスクを負っているのだ。
コロナ禍で自粛営業はあっても、閉業はない。加えて、2022年2月にはジェラート屋「asatte (アサッテ)」を谷中3丁目に開業。ローカルメディア『まちまち眼鏡店』も準備中で、3月末に発行するというから驚きだ。
WEB連載「クリエイターズボイス」の第一回は、建築家としてマルチな活動を展開する宮崎氏にご登場いただいた。
インタビューでは「それも建築家の仕事なの?」という驚きの連続だったが、掘り下げて聞くうちに「それもたしかに建築の領域だ」と腑に落ちていった。「点」のように見えたそれぞれ事業も、すべて、網の目のようにつながっていた。

震災後の10年で多彩な事業を展開

―展開している事業は、名前貸しや片手間などではなく、事業主となってリスクを負っているのがすごい。雇用は全体で何人くらいですか。

宮崎正社員が30名、アルバイトが50名くらい。経営は厳しいですよ(笑)。コロナ禍に見舞われた去年とおととしは、都の助成金や、クラウドファンディングで募った「みらいチケット」の支援がなければ成り立ちませんでした。

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TAYORI BAKE、TAYORI、HAGISO カフェ、西日暮里スクラングル「SPICESH」で働くスタッフたち

―カフェやギャラリーなどを併設した最小文化複合施設「HAGISO」は、大学院時代から住んでいた、築年数約60年の木造2階建てアパート「萩荘」を改修したプロジェクトでした。経緯を教えてください。

宮崎具体的なプロジェクトが立ち上がる前年に、東日本大震災があって、磯崎新アトリエを退職して、被災地でボランティアに携わりました。東京に戻ってきたら、萩荘の大家さんが取り壊したいと。じゃあ、なくなっちゃう前に、なにかおもしろいことをやろうと、藝大時代の仲間と一緒に「ハギエンナーレ」と題して、2012年の2月下旬から3週間、アートイベントをやったんです。そしたら会期中に1,500人もの人が見にきてくれた。その盛り上がりをみた大家さんが、建物を残す気になってくれたんですね。2階の床とか抜いちゃってたんですけど(笑)。

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左:改修前の「萩荘」外観 / 右:改修後の「HAGISO」夜間外観

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改修後の「HAGISO」内観 / 左側:カフェ、右側:無料で貸し出しているギャラリースペース

イベント実績がエビデンスに

―文化複合施設にしようというアイデアは、宮崎さんから?

宮崎はい。普通に改修して、不動産広告を出して、テナントのリーシングをしても難しいだろうし、ぜったいにおもしろくならないと思っていました。サイト(場)のポテンシャルを最大限、引き出すことを考えて、小さいながらも人が集まれる施設にしました。2階には、今はコロナで休業中ですが、宿泊施設「hanare」のレセプションを置いています。

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「HAGISO」内観

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「HAGISO」2F 宿泊施設「hanare」レセプション(宿泊営業は現在は休業中)

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宿泊施設「hanare」外観(営業は現在は休業中)

リスクを一緒に背負う姿勢が共感を呼ぶ

―萩荘の改修では、費用の確保にも動きました。クラウドファンディングを立ち上げて支援を募っただけでなく、宮崎さん自身も事業主になったそうですね。

宮崎創業を支援してくれる日本政策金融公庫から、約1千万円を借りました。今日に至る借金生活の始まりです(笑)。企画書をもって、公庫にプレゼンに行ったら、担当者がおもしろそうだと乗ってくれて。ハギエンナーレで3週間で1,500人集客したことをエビデンスにしてくれたんです。
事業主になったのは、誰が借りるかもわからない、誰がどういう使い方して、家賃をいくら払うのかも想定しないで、大家さんに改修しましょうと言ったところで、安心できっこないですからね。そこは一緒にリスクを背負わないといけないなと。

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「HAGISO」1階のカフェは朝食も提供する、地元の人気店

宮崎それまで実は、お金の動きというものをよく理解できていませんでした。磯崎新アトリエに勤めていた頃は、海外の大型プロジェクトやコンペを担当させてもらっていましたけれども、次から次に動いていく現場に注力するのが精一杯で、プロジェクトの全体像まで理解できていない。ペーペーでしたしね(笑)。でも、ずっとモヤモヤはしていたんです。「HAGISO」で資金調達から自分でやってみて、こうやってプロジェクトは回っていくんだと実感できました。

―その後も日暮里界隈でのプロジェクトが続きますが、どうやって獲得していったのですか。

宮崎僕はせっかちなので、センスを磨いて待っていれば仕事が舞い込むとは考えていません。まちを歩いていて、気になる不動産があると、持ち主を調べて、改修しませんかと企画を持ち込んでいました。そのひとつひとつをこなしていくうちに、宿とか、飲食店とか、いつの間にか設計以外の事業も増えていって、今に至ります。

―2019年に西日暮里駅の高架下にオープンした「西日暮里スクランブル」も、既存建物の改修で、地域活性化にも貢献しているプロジェクトです。

宮崎長いことテナントが入っていないビルの改修でした。ジェイアール東日本都市開発さんからの打診が最初から「一緒に運営していきませんか」というものだったので、びっくりしました。
2019年から3年の賃貸借契約を結んで、テナントの選定からやって、一部の店舗を除く4店舗をHAGI STUDIOで運営しています。
建築としては、外装は塗装しなおす程度にとどめました。いきなり新しい建物をつくっても、まちに馴染まないし、ゆくゆくはエリアの大規模再開発で取り壊しになります。その日まで、まわりの建物やまちとどう連続させるかを考えました。

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「西日暮里スクランブル」内観

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「西日暮里スクランブル」夜間外観

宮崎僕たちが運営も含めてやってきたことへの信頼なのだと思いますが、オープン後の運営も含めて期待されている依頼は多いです。リビングデザインセンターOZONEの「カタログライブラリー」の設計でも、場のポテンシャルを上げることが求められました。

―インタビューの前編はここまで。では、リビングデザインセンターOZONEでのプロジェクトや、最新のプロジェクトについて話を聞いていく。さらに、宮崎氏に影響を与えた建築家の存在、金言となった言葉も明らかに。

インタビュー後編はこちら

宮崎晃吉 プロフィール
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建築家、株式会社HAGI STUDIO代表取締役。一級建築士。一般社団法人 日本まちやど協会 代表理事、株式会社まちあかり舎 取締役。
1982年群馬県前橋市生まれ。2008年東京藝術大学大学院修士課程修了後、同年に磯崎新アトリエ勤務。2011年に独立し、HAGI STUDIOを設立。建築設計や企画・プロデュースなどを行うかたわら、自社事業として、東京・谷中を中心としたエリアで築古のアパートや住宅をリノベーションした飲食・宿泊事業を展開。
2015年より、東京藝術大学 建築科 非常勤講師。

取材・文/遠藤直子


※2022年3月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。

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