建築家の長坂常(ながさか じょう)氏率いる設計事務所:スキーマ建築計画。世界的企業からの熱い注目により、建築設計に留まらず、「ブランディング」そのものを任されるような仕事を請け負うことが増えているというお話を伺った前編。続く後編では、海外に勝負に打って出る飲食店オーナーとの協業を通じて感じる、「日本食」や「日本の飲食店」の強みを解き明かしつつ、これからの「デザインと食」との協調の可能性についてお話しいただきました。

スキーマ建築計画代表 長坂 常
1998年東京藝術大学卒業後にスタジオを立ち上げ、現在は千駄ヶ谷にオフィスを構える。家具から建築、そして町づくりまでスケールも様々でジャンルも幅広く、住宅からカフェ、ショップ、ホテル、銭湯などを手掛ける。日常にあるもの、既存の環境のなかから新しい視点や価値観を見出して「引き算」「誤用」「知の更新」「見えない開発」「半建築」など独特な考え方を提示し、独自の建築家像を打ち立てる。
代表作
Sayama Flat / 奥沢の家 / 武蔵野美術大学16号館 / 黄金湯 /D&DEPARTMENT JEJUなど

photo by Kenta Hasegawa
「日本の食」を掲げ、ニューヨーク・ブルックリンで勝負する
2022年にニューヨーク州ブルックリンに誕生した、「食」にまつわる複合商業施設「50 Norman」にも注目が集まっていますね。
日本食の魅力を発信するプラットフォームとして、フレンチ・ジャパニーズのレストラン「HOUSE Brooklyn」と、和陶磁器などの調理器具を扱うギャラリー&ストア「CIBONE Brooklyn」、それに明治四年(1871)創業の水産加工会社「尾粂」による日本だし専門店「DASHI OKUME Brooklyn」の三店舗からスタートした複合施設です。2025年の4月26日にさらに増床オープンしたばかりで、料理道具店「釜浅商店」、家電ブランド「バルミューダ」、そして「HOUSE Brooklyn」のカフェ「CAFE O'TE」が加わりました。
なかなか珍しい「出汁(だし)」のお店である尾粂さんとは、どのようなご縁が?
食をテーマとしたリゾート施設「VISON」(2021/三重県多気町)に尾粂さんが出店される際、店舗設計を依頼していただいたのが出会いです。社長の加納史敏さんはまだ若いのに豪快でパワフル。当たり前ですけど味覚も鋭敏で食べ物のこともよくご存じ。とにかく魅力的な方なんですよ。NYの「50 Norman」の件も「HOUSE」と「CIBONE」の出店が先に決まっていたんですが、三つ目のお店がなかなか決まらなくて。そこで尾粂さんに声をかけてみたら、二つ返事で「やります!」って。まるで「ごはん作りに行きます!」くらいの気軽さで(笑)。「いや、ニューヨークに店出すんですよ? 本当に大丈夫ですか?」と何度も確認したんですけど、まったくNoと言わず、そのまま最後まで走り切りましたね。でも、判断が大雑把なわけではなくて、こだわりも強いし繊細だし、とにかく勘が良いんですよね。案の定、「DASHI OKUME Brooklyn」は大当たりしていますよ。

photo by GION
「干した魚や海藻、キノコなどからスープを取る」という異文化が、NYでどんなふうに受け入れられ、「大当たり」しているのかは、とても興味深いのですが……
世界の食が集まるNYでは、もうどこの国のどんな料理も飽きられています。当然、日本食だって美味しいものを食べようと思えば十分にある。でも、出汁という文化と、その素になっている多種多様な乾物たちを生身で目の当たりにするという経験は、まだまだ目新しいものだったんです。アメリカ人からしたら「新しい塩を発見した!」くらいの衝撃なんだと思いますよ。大勢のNYの料理人たちがここを訪れて、様々な乾物を買い求めているようですし、日本に旅行したことがある一般の人たちも同様で、日本で食べたあの美味しくて健康に良さそうものを自分でも作ってみたい……と支持を集めているようです。しかも、よくある健康食品のように、ここ数年で誕生して話題になっている……なんてレベルをはるかに超える説得力がある。尾粂さんには約150年の歴史、さらに出汁という千年単位の日本の食文化が背景にありますからね。

photo by GION
日本の飲食店が持っている「価値」とは
各設計事例それぞれに、まず真摯に話を聞いて、そこから発想を広げていくからこそ、長坂さんの空間には「それぞれの魅力」が宿るのだと、お話を伺っていて感じました。最後に、飲食店の空間づくりを通して、変えていきたいこと、もっと面白くしていきたいことなどは、何かありますか?
先ほど、海外ブランドが日本や東京に出店する際のハードルを下げたいと話しましたが、この「50 Norman」が良い例で、逆もまた然りなんです。今、海外の施設設計の話がいくつか来ていて、日本の企業に出店を呼びかけるところから関わらせてもらうんですが、物販やアパレルよりも、とにかく圧倒的に飲食業界の人たちが手を挙げてくれます。もちろん今、日本食自体が世界で強い、という売り手市場の面もあると思いますが、絶対やれる!という自信と、失敗を恐れない心を持って堂々と海を渡っていく。ここ数年の日本人メジャーリーガーたちと同じような自信と勢いを感じますよ。

飲食業界はもちろんですが、飲食店を計画・設計するような建築家・設計者にとっても、それはチャンスということになりますね。
チャンスだと思いますよ。今の飲食業界からは、一緒に仕事をすると面白いことが起こるな……という強い予感がします。「50 Norman」と同じブルックリンに、お弁当が大当たりして、いつ行っても満員の「Acre(エイカー)」という和食カフェがあるんですが、そこの厨房を覗くととても綺麗だし、店員さんも背筋がピッと伸びて、動きもキビキビしてて、とにかく気持ちがいい。日本人が出しているお店では、そういうシーンをよく見るんです。同じことをやっていても解像度が違うというか、向き合い方が違うというか、仕事は無駄なく丁寧にやるべきもの、という日本人の気質と矜持ですよね。当の日本人はあまり自覚してないようですけど。
先ほども言った、「飲食店での日本のサービスの質の高さ」は、それだけで十分なアドバンテージなんです。NYに限らず、世界の都市に行くたびにそう思いますし、その安心感は絶大でしょう。この価値を、僕らがもっとうまく、デザインとして世界に見せていけるといいんですけどね。
貴重なお話をありがとうございました。
リビングデザインセンターOZONEにてインタビュー(2025年5月収録)
※写真掲載事例はすべて スキーマ建築計画の設計・デザインによるもの。
※2025年5月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。