建築家の長坂常(ながさか じょう)氏率いる設計事務所:スキーマ建築計画。Blue Bottle Coffeeの日本上陸を設計面で支え、日本におけるサードウェーブコーヒー店のイメージを築き上げたデザイン力で知られていますが、意外にも飲食店の設計はそれが初めてだったとか。以降、飲食店の受注が飛躍的に増えているという長坂氏に、「飲食店の設計・デザイン」をテーマにお話を伺いました。

スキーマ建築計画代表 長坂 常
1998年東京藝術大学卒業後にスタジオを立ち上げ、現在は千駄ヶ谷にオフィスを構える。家具から建築、そして町づくりまでスケールも様々でジャンルも幅広く、住宅からカフェ、ショップ、ホテル、銭湯などを手掛ける。日常にあるもの、既存の環境のなかから新しい視点や価値観を見出して「引き算」「誤用」「知の更新」「見えない開発」「半建築」など独特な考え方を提示し、独自の建築家像を打ち立てる。
代表作
Sayama Flat / 奥沢の家 / 武蔵野美術大学16号館 / 黄金湯 /D&DEPARTMENT JEJUなど
Blue Bottle Coffeeに提示した「フォーマット」
飲食店の設計は、Blue Bottle Coffeeの各店舗が初めてだったと伺い、ちょっと意外だったのですが。
スキーマ建築計画を立ち上げた当初は住宅設計が中心でした。初期の頃に発表した「Sayama flat」(2008)、「奥沢の家」(2009)などの住宅が…… まぁ、自覚はあるんですが、かなり個性的な設計だったもので、みんな怖くなったのか、そこから5年くらいは住宅の依頼がパタっと来なくなりました(笑) その5年の間に「Aesop(オーストラリアのスキンケアブランド)」のような海外ブランドが注目してくれるようになり、店舗設計が増えていきましたが、それでもアパレルや物販が中心でした。

photo by 太田 拓実
そうした海外からの注目の高まりの一端として、Blue Bottle Coffeeからも依頼が来たような流れだったのでしょうか?
そうですね。米カリフォルニア州創業のBlue Bottle Coffeeが、日本での展開を開始する際、事業コンセプトを表現できそうなデザイナーとして選んでいただきました。結果、自分で言うのもなんですけど、「サードウェーブコーヒーやBlue Bottle Coffeeにふさわしいデザインとは?」というテーマに、ある程度の答えを提示できたんじゃないかと。さらに僕らが継続的に数店舗のデザインを担当することで、それが共通認識になっていったようにも思います。もちろん、その後は様々なデザイナーが入って違う方向性にも動きだしていますし、そもそもBlue Bottle Coffee側の方針として、全店舗をデザイン的に統一しようという意図はなく、たとえば京都の店舗では外観も、内装も、器も、京都らしいものを選んだように、都市や立地の特性に適応した店づくりを望まれていたので、あくまでも「ある程度の答え」なんですが。

その「ある程度の答え」とは、どのようなものだったのでしょうか?
例えばキッチンとフロアの関係。彼らは「フラットな関係」をとても大切にしているので、目線の高さを揃えて、店側とお客さんの対等な関係をつくる。目線を揃えるとキッチンの中がよく見えるので、自分のコーヒーを誰がどんなふうに作っているかがよく見える。店員も自然と整理整頓するようになるので、衛生面やサービスも向上する。日本のサービスのクオリティは世界でも高く評価されているので、そのスタイルが手本になれば、アメリカ本国や他の国での店舗展開にも好影響を及ぼす…… そんな連鎖を目指していました。なので、私たちが作ったフォーマットとは、見た目の美しさや統一感などももちろんですが、むしろ接客の在り方、モノの売り方、サービスの在り方などが主眼で、それらとデザインを一体的に考えることでした。それは、僕らが勝手にラインを引いたのではなく、「あるべきBlue Bottle Coffeeの姿」みたいなものをヒアリングしながら、表現としてキチっと形にしていく作業の積み重ねの結実なんですけど。

photo by 太田 拓実
それはBlue Bottle Coffeeさん側にとっても、長坂さんとの協業を通じて、「自分たちが為すべきこと」をあらためて意識していくような過程だったのかもしれないですね。
そういうことだと思います。人に何かをコーチングしているうちに、なんとなく自分がやるべきことも分かってくるようなことって、よくあるじゃないですか。そんな感覚です。彼らの言葉を具現化する作業を通して、僕らにとっても、彼らにとっても、進むべき方向性が収束していきました。アメリカ本国の店舗を視察に行った時も、「Blue Bottle Coffeeにとって大切なものは?」 と、ずっと尋ね歩いていたような気がします。するとまず、サードウェーブコーヒーの成り立ちをひと通り説明されて、「あぁ、だからフェアな関係が大切なんだ」、「それなら目線を対等にして、席のヒエラルキーもない方がいいかな」……みたいに理解しながら、それを具体的な形にしてみよう、と進んでいくわけです。
最初に言ったとおり、Blue Bottle Coffeeは僕らにとって初めての飲食店の店舗設計だったので、当初はノウハウも何にも持ってなかったんです。だからこそ逆に素直に一から学ぶことができました。でも、自分の中からすべてをつくるには限界があるので、土地や人の話から吸収して、その「違い」を自分なりに表現する。特に、その土地にふさわしい形を模索するBlue Bottle Coffeeのようなスタンスの企業では尚のこと、その過程が必要です。そのためには、クライアントの話を徹底的に聞いて、その中からデザインのきっかけを見つけること…… こう見えて意外と僕は人の話をちゃんと聞くほうなんです(笑)。
長坂流「お店ににぎわいを呼ぶ秘訣」は?
そうしたBlue Bottle Coffeeでの経験や様々な学びを経て、現在では数多くの飲食店の設計依頼が舞い込む状況になったわけですが、長坂さん流の「お店ににぎわいを呼ぶ秘訣」みたいなものはあるのでしょうか?
まず前提として、せっかくつくったのに人の来ないお店ほど悲しいものはないんで(笑)。どうやったら人が来るかは、もちろん徹底的に考えます。それはもう「設計」の範疇を超えて、どういう情報をどの時期にどれくらい発信してどう認知を広げるとか、告知の仕方なども含めて。あと、僕はお店の人に面と向かって立たれると怖くて入店できない性分なので、その気分で行くと、レジが路面に向いてそそり立っているような店は苦手なんです。そういう当たり前のユーザー目線に立ち戻っての分析ですね。
逆に言えば、すべての飲食店に必ずしも「デザイン」が必要とは思っていません。ラーメン屋さんやお好み焼き屋さんにまで行き届いたデザインを施す必要はあるのかな? 鼻につくんじゃないかな? もうちょっと庶民的な感覚で美味しいものを食べに行く方向性があったっていいよね…… そんなふうにフラットな視点で、お客さんの立場で行くとしたらどう感じるのかな? というのは、常に考えています。その結果、長坂に頼むとまあまあ繁盛する店ができるらしいよ…… みたいに思ってくれる方が増えてきたのか、飲食店の店舗設計で声をかけてくれる方が増えてきた印象ですね。


photo by 阿部 健
スキーマ建築計画事務所内にもカフェが!?
そんな中、長坂さんの設計事務所:スキーマ建築計画の中にも、ついにカフェが誕生することになったわけですが、その「ボフミル千駄ヶ谷 東京」が、この場所に出店するに至った経緯をお聞かせください。
韓国で人気のサードウェーブコーヒー・ブランド「Anthracite coffee(アントラサイトコーヒー)」のオーナーが持っている、もう一つのブランドが「Bohumil Coffee(ボフミルコーヒー)」で、ソウル新社屋ビルの設計依頼が来たんです。その建設のため、一時的にソウル店を移転させる必要があったんですが、その移転先を探す過程で、海を越えてウチの事務所の一角が候補になりました。ここなら自分たちの手で一から空間づくりができるし、毎日のように通う場所だから、カフェとして営業しながらDIYで店を作り続ける、実験的な「モックアップ・カフェ」の手法もできると思ったんです。事務所の方針として、デスクトップの前で頭でっかちに考えるのではなく、現場で見えてくることから、どう行動すべきか考えることを大事にしているので。
それから、韓国の都市開発では日本よりもずっと「ジェントリフィケーション(gentrification)」が顕著です。要するに都市再開発で商業地域としての価値が上がると、家賃が急上昇してしまう。10年も経つとメインテナントですら家賃を払えなくなって、せっかく育てた店を捨てて出て行かざるを得ない…… それが韓国の飲食店オーナーたちの大きなジレンマなんです。それを回避する方法として、いろんな場所に小さく寄生しながらブランドを維持していくようなスタイルはどうだろう?…… なんて話を彼らとしています。
この小さなボフミルコーヒーは、僕らが改修を請け負って昨年竣工した、長崎県対馬市の「hotel jin」の1階に近々移転する予定です。対馬は韓国人の観光客がとても多く、ボフミルの出店には最適なので。僕としては、こういう物件をもっとやりたいんです。要するに地方や海外にベースがあるブランドが、東京や日本に出店したいと思ったときのテストモデルに使えるような小さいお店。リスクを背負っていきなり大きく始めるより、小さなところから緩やかにスタートできるような場所ですね。

photo by イ ジュヨン / Ju Yeon Lee
そうなると、もはや店舗や什器の設計、人の動きやコミュニケーションの計画をさらに超えて、出店や経営のプランニングなどとも「デザイン」が一体化していくようなイメージでしょうか。
そうですね。「全体」を見たいですよね。経営者の皆さんと違って僕は食通ではないので、メニューにまでは口を挟まないですけど、「どうやったら店が持続的に成り立つか」、「そのために何が必要か」は総合的に考えます。実際、「え、そんなことまで考えてくれるんですか?」と、よく驚かれますよ。先ほど話したようなレジの位置や向きから、告知の手法。設計の範疇を超えた、営業時間帯、店員の数やそのシフトの話まで、とにかくお節介なんです(笑)。普通の設計者は、経営者が決めたオーダーや仕様が来て、それに従って作るんでしょうけど、僕らは、そのオーダー自体から関わりたいと思っています。
実際、「ボフミル千駄ヶ谷 東京」くらいの規模のお店だと、スタッフ二人で回すと大きな売り上げが必要になってきます。でもそこは無理に一人で乗り切るのではなく、「ちょっとトイレに行っていて留守です」とか、「今、お昼ごはんなのでちょっと待っててね」とか、そういうノリも受け入れてもらえるような、「ゆるい雰囲気」をデザインに織り交ぜながら、ワンオペ体制を成立させることこそが大事かなと。でも、僕に仕事を振ってくれている人たちって、そういうことを考えるのが好きな人たちばかりなんですよ。だから、そういう話を一緒にできること自体を、喜びとしているような気もしますけどね。
リビングデザインセンターOZONEにてインタビュー(2025年5月収録)
※写真掲載事例はすべて スキーマ建築計画の設計・デザインによるもの。
※2025年5月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。