クリス智子 × 大南真理子 × 萩原健太郎
トークイベント「椅子の魅力を愉しむ」後編

2023年2/4(土)に開催した、クリス智子さん、大南真理子さん、萩原健太郎さんによるトークイベント「椅子の魅力を愉しむ」の様子を、前編・後編のテキストアーカイブにてお届けします。
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※開催は終了しています。

家具の中でも主役級の存在である椅子。
室内空間の彩りに欠かせない存在として、デザインや機能性をはじめ、椅子の魅力について語り合います。

人に様々な事柄を伝えるというお仕事柄の共通点をもつお三方、

・それぞれのバックボーン
・これまでに暮らしてきた国や場所に纏わるデザインやインテリア
・それぞれの視点やライフスタイルを通じて感じた"椅子の魅力"


といった、様々なお話を展開していきます。

後編は「住んでいた場所に纏わるインテリアや椅子の話」の続きと「伝え手としての共通点」のお話をご覧ください。

― 住んでいた場所に纏わるインテリアや椅子の話

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萩原 それではクリスさん、お願いします。

クリス お二人がお仕事の話なのに対し、私は個人的な話になってしまいますが、この写真の右が私で、アメリカのフィラデルフィアの祖父母の家です。
アメリカは新しいものもたくさんありますが、祖父母はアンティークをやっていたこともあり、家も築100年ほどの古い家で、外観も何度も塗り替えたり、リペアしたりしながら住んでいました。キッチンの原型といえば、ここが私にとっては懐かしく、今も料理をつくるときはここを想像します。
フィラデルフィアは、ニューヨークから電車で1時間半くらいで、都会でもあるんですけど、この家は自然が近く、緑に囲まれ、鹿などの動物も住んでいるような環境でした。夜、庭に鹿がやって来ると、びっくりさせないように、家のなかの電気を全部消して、そっとのぞいていましたね。

萩原 いつ頃、住まわれていたんですか?

クリス 2、3歳の頃と、小学生の頃の1年ほどですね。その後は夏休みに帰ったりという感じでした。

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クリス アメリカはヨーロッパと比べると、古い建築は少ないんですけど、祖父母の家のヴィクトリアン様式は、ヨーロッパの影響を受けていて歴史を感じさせます。家族はアンティークの仕事をしていて、祖母は2年前に他界したんですけど、ティファニーやスチューベングラス、ジョージジェンセンなどを特に扱っていて、日本からも買いつけの人が来ていました。そういう家だったので、古いものがすぐそばにありました。

お二人からのお話にもありましたが、うちは、アンティークマーケットをやっていた方で。マーケットにはお店が100、150ほど並び、物色しながら歩いていくわけですね。個人的に、こういう影響をかなり受けていると思います。発想して新しいものが生まれるのはとても刺激があります。一方、古いものに出会って、リペアして使うというのは、あたりまえのように家族がしていたことでもあり、私も好きでした。

アーミッシュってご存知ですか?基本的に、電気ではなくキャンドルを使い、馬車で移動しながら暮らしている人たちです。フィラデルフィアのなかでも、アーミッシュの方々が住んでいる地域からわりと近いところにいたので、新しいものもあるんですが、古いものを大事に守っている人たちとの付き合いもあったんです。ただ、アーミッシュの方々も、インターネットの影響などで、若い世代の人たちは出て行く、というようなこともあるそうですけどね。

― 伝え手としての共通点

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萩原3人でトークイベントをさせてもらうにあたって、共通点は何だろう、って考えると、「伝え手」であることに気づきました。それぞれが、日頃何を思い、伝えようとしているか、について話してみるのもいいのかな、と。それでは、また僕から。

僕の本の紹介になりますが、ここ最近、メディアや展覧会などで民藝が取り上げられる機会が増えましたが、民藝とは、柳宗悦の思想とは、など、小難しい部分があるのも事実です。
それらについてくわしく書いたのが、10年ほど前に出版した『民藝の教科書』シリーズで、①うつわ②染めと織り③木と漆④かごとざるを担当しました。
民藝や地域のこと、ものについての詳細な解説、作り手へのインタビューなど、豊富なコンテンツが評価され、おかげさまで今も売れ続けています。

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それから10年近くが経ち、2021年に出版した『暮らしの民藝 選び方・愉しみ方』では、暮らしのなかに民藝を上手に取り入れている方たちを紹介しています。
けれども、民藝しか使っていない、古民家のようなところに住んでいる、などのいわゆる民藝をイメージしやすい人は、あまりいないわけです。そうした方も登場しますが、大部分は、都心のヴィンテージマンションに暮らしていたり、アパレルのセレクトショップに勤めていたり、年齢層も仕事もライフスタイルもマチマチだけど、民藝を愛用している人たち。アメカジも好きだし、何十万円もする自転車に乗っているし、新しいものも古いものも、そして民藝も好き。その方がリアルだと思うんですよね。

この2冊が何が違うかというと、『民藝の教科書』は、"教科書"と謳っているくらいだから、民藝を知りたい、うつわのことやできるまでの工程をを知りたい、職人のことを知りたい、などの欲求を満たさないといけない。だから、うつわの場合、土づくりからろくろによる成形、釉薬がけ、焼成など、多くの写真でていねいに解説しました。
逆に、『暮らしの民藝』では、住まい手の人となりや、どこに住んでいるのか、どういう仕事をしているのか、など、普段の暮らしが垣間見られるような誌面にすることを心がけました。

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これらとは異なるアプローチでつくったのが、高校生の『工芸』の教科書です。高校生の副教科といえば、美術と音楽がメインで、あとは書道、という感じですが、実は工芸もあるんです。ただ、工芸を採択する高校が少なく、全国で毎年約18,000人しか受講しないので、出版社も1社だし、改訂も10年に1回のみ。その10年に1回の貴重な機会にお声がけいただいたわけです。
先に紹介した2冊と何が違うかというと、まず、工芸に興味を持ってもらい、知ってもらわないといけない。工芸の産地では、後継者不足が問題になっていますが、作家や職人になってもらうのは難しいとしても、良き理解者、伝え手、使い手になってほしいと思うのです。
以前、美大で工芸の授業を担当したことがあるんですが、漆器の中身が木であることを知らない大学生もいて驚いたことがあります。もちろん、作り手に興味を持ってくれたらベストなので、実技にページを割いているのも特徴です。「誰が読むのか?」を意識することは、とても大切だと思っています。

次に、民藝でも北欧でもインテリアでもそうですが、読んでくれる人の母数を増やしたいと思っています。今日、ご来場いただいた方も、もともと椅子が好きという方もいると思いますが、クリスさんのファンもいらっしゃるでしょう。そこから椅子に興味を持ってもらえたらいいと思うんです。

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これは、『ストーリーのある50の名作椅子案内』という本です。
数多ある名作椅子のなかから50脚を選ぶのは大変だったのですが、多くのデザイナーを知って欲しかったので、一人につき1脚という縛りを設けました。さらに、時代順に並べて、見開きで1脚のストーリーが読めるように工夫しました。
専門的になりすぎず、美大に通う学生とか、デザインに興味のある人が、カフェでお茶しながら、あるいは移動中などに気軽に読める本にしたかったんです。

そしたら今度は、本がきっかけでテレビ番組になりました。昨年、放映されたWOWOWのオリジナルドラマ『椅子』です。脚本を芸人の又吉直樹さん、椅子監修を僕が務めました。僕が椅子やデザイナーについての情報、エピソードを伝え、それらをヒントに又吉さんがオリジナルの脚本を書き上げ、吉岡里帆さん、黒木華さんらが演じてくれました。椅子に興味のある方だけでなく、又吉さん、吉岡さん、黒木さんらのファンが、椅子を好きになるきっかけにもなるわけです。

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この本には、『ストーリーのある50の名作照明案内』というシリーズもあって、こちらからは2021年、『ハルカの光』(NHK Eテレ)という番組が生まれました。けっこう話題になって、番組に登場した照明器具が品薄になったと聞きました。
NHKなので、ブランド名や商品名は出せなかったのですが、番組を見て、自分で調べて、購入してくれた方が多かったわけです。
僕はこういうふうに、「接点を増やしたい」と思っています。

大南さんはいかがですか?

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参照:I'm home.より

大南 『I'm home.』の誌面を持ってきたんですけど、このトークイベントに登壇するにあたり、あらためて家具、椅子にはいろんな魅力があると気づきました。
『I'm home.』でも、家具をピックアップすることは多いんですけど、造形的に美しかったり、機能性が高かったり、つくりが精巧だったり、純粋にプロダクトとしての美しさのようなものがありますよね。
さらに、椅子は「小さな建築」ともいわれ、座る人の体重を支えなきゃいけないから、ただ綺麗なだけじゃだめで、建築的な美しさもあると思っています。だから、誌面では、家具そのものを見せるような企画と、もう一つ、プロダクトとしての側面よりも、家具が置かれる場所はどうあるべきか、部屋の広さ、空間の雰囲気、コーディネートなどさまざまですが、そういう視点も重視しています。

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参照:I'm home.より

このソファを置いたら、空きのスペースはどのくらい必要になるかなど、マニアックなHOW TOのページもつくりました。家具の見た目の美しさも大事なんですけど、家具のまわりで人が動いているわけだから、身体的に心地いい空間をつくるためには、サイズ感覚もすごく大事なんですよね。

クリス 私も『I'm home.』は大好きで、よく拝見していますけども、見た感じでいいというのは、最初の入口としては大事ですけど、実際に空間に取り入れる場合、ソファなんか置いてみないとわからないですもんね。

大南 「感覚的にいい」というものは、「なぜ、いいと思うのか?」「美しいと感じるのはなぜか?」という部分を、ただ感覚で終わらせるだけでなく、数値化したり、踏み込んで考えたりすることで、自分が理想とする空間になっていくような気がするんですよね。

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プロダクトそのものの美しさや機能についての話と、空間に対してどうあるべきかという話は、『I'm home.』のなかで大事にしている部分ではあるんですけど、最近はそれに加え、暮らしのなかに椅子やテーブルがどういうふうに存在して、そのまわりに住み手のどういうシーンが生まれているかということをもっと伝えていきたいな、と思っています。

家具はそれ自体も素敵なものですが、そこでどういう思い出ができたり、どういうシーンが想像できたり、そういうところが魅力的なプロダクトだと思っているので、できるだけ誌面でもそういうところが読者の方に伝わったらいいな、と思っています。

萩原 では最後、クリスさん、お願いします。

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クリス お二人の話を踏まえて、思うことをお話しすると...。「憧れる」っていうことって、すごく大事じゃないですか。理想があって、こういうふうに暮らしたいな、っていうのが、日々を楽しく過ごすための秘訣だと思うんです。何でもかんでも家具を買えるわけではありませんが、自分が好きなものが本質的に集まっていれば、心地よい家になるだろう、と。1,000円で買えた木の板でも、頑張って買った照明器具でも、自分っていうものがあれば、家は良くなるんじゃないかな、って思っているんですね。

椅子に関していえば、我が家では人からいただいたものが、半分以上を占めています。自分から手を伸ばして買うものもあれば、家をちょっとオープンにして、よそから来たものを受け入れるようにすればいいのでは、と思っています。庭にブランコがあるんですが、椅子とは少し違いますが、でも座る場所だし、ブランコがあるだけで空間に見えるんですよね。
大南さんがおっしゃった、「小さな建築」というのはほんとうにそうで、椅子は何のためにあるかといえば、座るための機能はあると思うんですけど、たとえば、窓辺に置いてあったり、椅子が1脚あるだけで、人がそこにいて許される、というメッセージがあるように、私は思っています。

だから、「そんなに椅子いらないじゃない」ということではなくて、一つ置くと、何か場が変わるというのが、椅子に対して思っていることですね。どうでしょうか?

萩原 ブランコの話がいいなあ、と思いました。たしかに、ブランコも座ることができるし、あと、椅子があるだけ居場所が生まれるんだなあ、と。椅子は機能性も、造形的な美しさも大切だけど、「小さな建築」にも例えられるように、居場所をつくってくれるんだなあ、とあらためて。

クリス 優しいですよね。椅子って、「座っていいよ」っていう優しさがあるような気がしています。

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伝え手としては、みなさんの家や空間に流れていく音のインテリアということを、私は意識している方だと思います。なので、あれを言おう、これを言おう、というよりは、どういうふうにしたら、空間にいい音として聴こえていくだろうとか、何か発想が共有できたらいいなとか、それはかなり意識していますね。ものも大好きなんですけど、見えないものっていうのも、ラジオをやっている特性かもしれませんが、大事なところです。
何か買うときも、ものの気配とか、何か好きだな、とかやっぱり感覚ですよね。自分がいいと思ったものをちゃんと信じてあげるっていうことは、大事だと思うんです。

萩原 ご自宅にたくさんの椅子があるとのことですが、「気づけばここに座っている」というお気に入りの椅子があるのか、それとも日によって違うのか、どんな感じですか?

クリス 時間帯によっても違うかもしれないですけど、キッチンのところにあるハイチェアに座って、「今日も1日が終わったな」って眺めるのが好きです。
あと、庭にあるブランコも好きで、ブランコに乗ると、みんな楽しそうな顔になるんですよ。雑誌の取材などでいらした方に、「ブランコ、どうぞ」っていうと、みんなの顔が輝いて、好きなんだなあ、って。
私自身も、いろんな場所に椅子を置いて、何かを考えたり、しようと思ったり、スイッチになるんですよね。

―後編はここまでです。
前編では、「住んでいた場所に纏わるインテリアや椅子の話」をご覧いただけます。

トークイベント前編はこちら

クリス 智子(Tomoko Chris)
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大学卒業時に、東京のFMラジオ局 J-WAVE でナビゲーターデビュー。
以来、10年半務めた平日朝のワイド番組「BOOMTOWN 」をはじめ、同局の番組を担当。現在は、J-WAVE「GOOD NEIGHBORS」(月〜木13:00~16:00)のパーソナリティのほか、MC、ナレーション、トークイベント出演、また、エッセイ執筆、朗読、音楽、作詞なども行う。
得意とするのは、暮らし、デザイン、アートの分野。自身、幼少期より触れてきたアンティークから、最先端のデザインまで興味をもち、生活そのもの、居心地のいい空間にこだわりを持つ。ラジオにおいても、居心地、耳心地の良い時間はもちろん、その中で、常に新しいことへの探究心を共有できる場づくりを心がける。
ハワイ、京都、フィラデルフィア、宮崎、横浜、東京と移り住みながら、現在は、海と山のある鎌倉にて生活。

クリス智子オフィシャルウェブサイト

大南 真理子(Mariko Ominami)
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1985年・徳島県生まれ。
2008年・鹿児島大学工学部建築学科卒業。
'08〜'11年・イタリア留学を経て、 '12年〜・商店建築社 隔月刊『I'm home.』編集部所属。
'21年より編集長を務める。
『I'm home.』は、住まいの建築設計・インテリアデザインを中心に、暮らしにかかわるテーマを幅広く取り上げ、「住まいにおける心地良さ」を提案するライフスタイルマガジン。
日本国内、ヨーロッパを中心に独自の取材を行い、ハイエンドな住まいづくりを目指す一般読者から建築家やインテリアデザイナーまで、自分のライフスタイルにこだわりをもつ"上質"や"本物"志向の読者に向けて、情報を発信している。

インテリア誌「I'm home.」ウェブサイト

萩原 健太郎(Kentaro Hagihara)
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ライター・フォトグラファー。
1972年生まれ。大阪府出身。関西学院大学卒業。
株式会社アクタス勤務、デンマーク留学などを経て2007年独立。
東京と大阪を拠点に、デザイン、インテリア、北欧、手仕事などのジャンルの執筆および講演、百貨店などの企画のプロデュースを中心に活動中。北欧、インテリア、民藝を中心に多くの著書がある。
日本文藝家協会会員。日本フィンランドデザイン協会理事。北欧建築デザイン協会(SADI)会員。

萩原健太郎オフィシャルサイト「Flight to Denmark」

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