OZONE 7Fにショールームを構える株式会社ムラコシ精工は、2018年から昭和女子大学環境デザイン学科(東京都世田谷区)との産学共同プロジェクトを推進しています。テーマは「アルミ素材」。ムラコシ精工の製造技術の中核にあるこの素材を使い、デザインを学ぶ学生たちの様々な提案・試行・試作を通じて、新たな製品の可能性を模索しようという試みです。このプロジェクトは、既にいくつかの試作品を完成させていて、OZONEでも過去に展示会を開催しています。

『PROGETTO 2.70』と名付けられた本プロジェクトから生まれたアイテムが、この度、正式な商品となり、Amazonより一般発売されました。プロジェクトの発端や今回の商品化の経緯などについて、昭和女子大学環境デザイン学科ナカダケンキュウシツの中田士郎准教授と、研究室の学生の皆さん、および、ムラコシ精工 住インテリア事業部の橋場麻里子さん、山田夏美さんにお話を伺いました。

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最初に商品化される製品「TRAY(トレイ)」シリーズ

―まず、『PROGETTO 2.70』の発端からお聞かせください。

中田さん ムラコシ精工からデザインの共同プロジェクトのご提案を受けたのが始まりです。私が運営する設計事務所で受託するか、昭和女子大で学生を交えたプロジェクトとして受けるか迷いましたが、実際にスタッフの方にお会いし、工場見学もさせていただいて、女性社員の比率がとても高い企業だと感じました。これは女子大学の学生とも親和性が高いかもしれないと思い、5年ほど前から産学共同の商品開発プロジェクトとしてスタートしました。プロジェクト名は鉄の約1/3という、とても軽いアルミニウムの比重の値に因んで『PROGETTO 2.70』としました。

―そもそも、「アルミ」という素材をテーマにしたのはなぜでしょうか?

中田さん このプロジェクトは、「アルミ」を使うことを前提にスタートしました。ムラコシ精工の商品を形作る主要な材料であるアルミを使うことがまず第一。加えてSDGsが世間に認知され始めた頃でしたし、日本国内でのアルミの再生率の高さや、水やサビに強い特性などもあって、もっと身近な生活小物の素材としてアルミの可能性を探ってみたい……というのが、ムラコシ精工からのオーダーでした。私自身も商業施設の床や壁面などのインテリアデザインや、化粧品の容器デザインなどのプロダクトデザインの両面で、アルミはよく使います。都会的な印象を与える一方、他の金属よりも温かみを感じ、木などの他の素材とも調和する特性もあります。もともと好きな素材でしたので、アルミをテーマとしていただいたときはうれしかったですよ。

―ナカダケンキュウシツの本来の研究テーマはどのようなものなのでしょうか?

中田さん インテリアデザインとプロダクトデザインです。私はインテリアデザイナーの内田繁さんの事務所に勤めていたんですが、バブルの盛りの頃、派手な商業施設のデザインを手掛ける一方、日本文化が本来持っている茶室や仏壇などのデザインの精神を大事にする内田さんの仕事を見て育ちました。独立して自分の設計事務所を構えましたが、デザイン教育にも関わるべきだと考えるようになったのは東日本大震災がきっかけでしたね。煌びやかな商業空間や商品だけでは成し得ないデザインの形もあるんじゃないかと思うようになりました。大学でも、そうした感覚を大切にできる学生を育てていきたいと思っています。

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PROGETTO 2.70』のウェブサイトに掲載されている、「TRAY」の展開イメージ(※画像は開発時の展開イメージです。そのまま商品になっているわけではありません)。

―一方、ムラコシ精工としては、このような産学共同プロジェクトを行う意義をどのように考えられているのでしょうか?

山田さん 私たちは、家具や建具の内側に隠すようなタイプの機能金具を主に作ってきたメーカーなので、これまであまりデザインに対して意識を向けて来なかった一面がありました。また、ターゲットとしてはB to Bがメインなので、エンドユーザーの感覚から遠ざかってしまっていないか、という問題意識がありました。

新たな商品開発や売り上げに結び付けたいという気持ちもありますが、それよりもまず、私たち自身がデザインを学び直すこと、エンドユーザーの声に触れることが会社として重要な課題だと考え、本業の機能金具とは少し領域の違う「生活小物」にチャレンジしています。実際、学生さんが抱く意外な疑問や柔軟な発想に、こちらがハッとさせられるようなシーンも多いですし、とても勉強になっています。

―OZONEでも2021年に「TRAY」シリーズ、2022年に「NAMI」シリーズの展示会を行っているように、『PROGETTO 2.70』では、年ごと、学生さんの世代ごとに、デザインのテーマを変えているのでしょうか?

中田さん はい。最初は角形・丸形のキャニスターを試作しましたが、加工の工程が少なく、課題として今一つだったので、次に曲げ加工をメインに考える「TRAY」にテーマを移しました。平面の金属から立体を起こすための最小限の加工技術である「曲げ」の可能性を探ることが目的です。曲げの試作は紙でも簡単にできますし、いきなりダイキャストなどの鋳造技術に手を出すよりも、まずは基本を押さえたいと思いました。このテーマで、ある程度の成果が見えてきたので、第一号製品として展示会などで「TRAY」の発表に至りました。

ちょうどハガキが収まるA6サイズを基本として、重ねたり、入れ子にしたりと、モジュール展開できるサイズ設定にしています。アルミは素材そのもののシルバーも美しいですが、今回は着色アルマイト加工という技術を学ぶのも重要な課程になるので、「TRAY」では、春夏秋冬を「植物・海・木・雪」としてシンボル化した自然由来の色である「緑・青・茶・白」の四色を学生たちが決め、製品にしています。

アルファベットや数字をパンチ穴加工したタイプの試作品もあります。デザインとしては楽しく、製品としてのバリエーションも豊かですが、「商品化」までの道筋を学ぶことも重要です。アルファベット全文字と数字、計36種類を加工するコストや、それが店頭に並ぶ商品になったときにどのように価格に跳ね返ってくるのか……などを見定めてみて、あえて挑戦した試作もあります。

毎年、新入生が入ってきますし、先輩がデザインしたものを踏襲するだけでは演習になりませんので、年ごとに新しい製品イメージにチャレンジするようにしています。ムラコシ精工からも、新しいアイデアができたらドンドン持ってきていいですよ、と言ってもらえるので。チャレンジしやすい環境を作ってもらえるのはありがたいことです。

―続く「NAMI」シリーズに関してはいかがでしょうか?

中田さん 「TRAY」の次に形になった「NAMI」もデスクトップ用のトレイではありますが、形状を一新して、波から発想を得たデザインになっています。角形とアーチ型の2種類がありますが、複数を組み合わせて使うことも想定しているので、重なり具合を完璧にフィットさせるための設計と加工が、学生たちが一番苦心したポイントです。

今回も、砂浜のゴールドから深海のディープブルーまで、海にちなんだ4段階の色調を用意しています。加えて、鏡面、ヘアライン、マットの3種類の表面処理を組み合わせているのが、「TRAY」にはなかった新しい加工技術への挑戦ですね。

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「TRAY」の次に製品として形になった「NAMI」(ナミ)シリーズ。

―自分たちで発想し、デザインして、ムラコシ精工の技術を借りて「製品」としてできあがってくる過程をすべて体験してきたわけですが、学生の皆さんはどのような印象をお持ちですか?

比護さん 私たちは環境デザイン学科に所属して、座学や演習を通じてデザインを学んでいるんですが、こうやって企業の方々とコラボして製品が出来上がってくるのは本当に楽しくて、完成品を手に取ったときの達成感も高く、他では得られないようなやりがいを感じます。メールのやりとりや資料の作成といった「仕事」の一端に触れるような経験もさせてもらえますし、学ぶことはデザインそのものだけではないですね。

内山さん 授業で取り組む課題は使える素材や技術が限られているので、完成度を高めるのが難しかったりするんですが、このプロジェクトではメーカーさんの力を借りながら、個人や学生だけではできないことに取り組めるので、ありがたいです。学生側はどうしてもデザインを優先してしまいますけど、ムラコシ精工さんはアルミの性質や技術・機能面から出来ること、出来ないことをビシっと判断してくださるので。

武田さん 普段生活している上でアルミという素材をそれほど身近に感じていなかったので、企業の方とのコミュニケーションを通じてアルミを知ることができましたし、アルミの特性や機能をどうデザインにつなげていくかを考えるのは、いろいろな方向からとても勉強になります。「NAMI」のデザインではアルマイト加工で着色できない部分ができてしまうなど、実地での取り組みにより、素材の理解が深まりました。

中田さん 私も学生のとき、椅子のデザインの演習に参加していたんですが、そのうちの何人かのデザインを、家具モデラ―の第一人者である宮本茂紀さんが実際に製作してくださったんです。あまりのレベルの違いに驚きながらも、その時の喜びは今でも忘れられないんですよね。こういう経験って、仕事を続けていくエネルギーになったり、自分の技術を磨く目標になったり、その後の自分を形成する大切な何かになるんですよ。大学側が産学共同プロジェクトに参加する意義は、まさにそういうところにこそあるんだと思います。

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大学でのデザイン打ち合わせの様子。着色アルマイト加工のカラーサンプルを見て、どんな色のものを作ろうか検討している。

―そしていよいよ、『PROGETTO 2.70』の製品が、販売されたとこのことですが。

橋場さん 第一号の「TRAY」に関わっていた学生さんが卒業しますし、製品としては完成に至っていますので、まずは「TRAY」から販売を始めようと、準備を進めていました。弊社のホームページにもオンラインショップが併設されてはいるんですが、もっと広く一般の方に製品を知っていただきたいので、Amazon内のPROGETTO2.70ストアで販売を開始しました。ゆくゆくは雑貨屋さんなどの店頭にも並ぶように販路を拡大していきたいですし、もちろん、続く「NAMI」シリーズの商品化も目指していきます。

比護さん トレイって使い方や置くものの自由度が高い商品なので、どんな方でも、どんな使い方でも当てはまる可能性があると思います。サイズや色のバリエーションもあるので、複数揃えての組み合わせまで楽しんでほしいです。

内山さん 今までは展示会を目標にして色や形状を吟味してきましたけど、今後はお客さんの手に届くようになるので、緊張します。このプロジェクトで私たちもアルミという素材の良さを知りましたので、商品を通じて、私たちの思いが伝わるようになればうれしいですね。

武田さん 商品化を見据えた「NAMI」シリーズのブラッシュアップは実はもう始まっていて、色も形状も展示会用とはまた変わってくる可能性があります。そこはもう一押し、がんばりたいと思っています。

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ムラコシ精工スタッフ(左側)と打ち合わせする中田士郎准教授と学生のみなさん(右側)
「TRAYとNAMIがデスク周りに絞った製品だったので、そのシリーズ感は大事にしたほうがいいのかなと思う」「逆に、洗面化粧台みたいな大型製品や、花瓶のような機能第一ではない製品の可能性も考えたい」など、次のステップに向けた学生のみなさんの意見は様々だ。

―『PROGETTO 2.70』の今後の展開にも期待しています。

中田さん 学生を交えて試行錯誤を始めてみて、アルミという素材は厚さ0.8と1.0や、1.2と1.5のミリ単位の違いでもまるで特性が変わってくることに気づかされたんですよ。そういうアルミの面白さをムラコシ精工と一緒に経験していく試みは、学生にとってはもちろん、私にとっても大きな学びになっています。学生と一緒にデザインを考えることは、彼女たちが生きていくこれからの世界を考えることに他ならないので、とても刺激的ですね。

ムラコシ精工のみなさんは、コロナ禍の最中でも、このプロジェクトを止めずにずっと継続してくださいました。だからこそデザインでしっかりお返しがしたいんです。デザインの良し悪しは使う人が決めるものですから、商品にして、それが売れるというのは本当に大事なことなんです。「売れましたよ!」と笑顔で言いたいですね(笑)。さまざまな使い手に受け入れられる、優れたプロダクトデザインとはどういうものかを考えて磨きをかけていますので、ぜひ手に取っていただければうれしいです。

※2023年3月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。

OZONEで過去に行われた『PROGETTO 2.70』の展示会

PROGETTO 2.70exhibition「TRAY」(2021年)
PROGETTO 2.70 exhibition「NAMI」(2022年)

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2022年5月にOZONEで開催された<PROGETTO 2.70 exhibition「NAMI」>の様子。

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