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芦沢 啓治さん(芦沢啓治建築設計事務所代表)

コロナ禍によるライフスタイルの変化の中で、家具に求められる機能やデザインも変容しています。
ひとつの使い方にこだわらない家具選びや空間への取り入れ方。家具だけでなく間取りや、住まい方全体についても自由な解釈が可能となっている現在、これからの暮らしにあった家具やデザインの方向性にはどんな景色が見えるのでしょうか。

本インタビューでは、建築家:芦沢 啓治さんに「フレキシブルな家具と空間」をテーマにお話を伺います。建築やインテリア、プロダクトも手掛け、様々なプロジェクトに携わる芦沢さんの視点を通じ、改めて私たちの暮らし方を見直していくきっかけづくりを提案します。

フレキシブルとサステナブル

ー 今回は、「フレキシブルな家具と空間」をテーマにお話を伺います。
空間や家具における「フレキシブル」とは何か。芦沢さんはどのようにお考えでしょうか?

芦沢 「フレキシブル」とは何かを考えるとき、同じように大切だと思っているのがサステナブルという視点です。
CO2排出量の問題や自然にやさしい建材など、家具や住空間に関わるサステナブルの視点はさまざまですけれども、一番基本的で大切なのは、やはり、出所のしっかりした物をじっくり選んで購入し、長く大事に使うことではないでしょうか。

コロナ禍の間は、やはり家の中のことに気が向いたせいか、家具がよく売れるようになったそうですけれども、私たちの家具を扱っているヨーロッパの部門からの報告を見ても、ここ数か月はコロナが落ち着いてきたせいか、その傾向がちょっと弱まってきているようです。これを機に、ちゃんとした品質やデザインのものを購入し、長く使おうという機運が定着するといいですよね。
この「長く大事に使う」ことを考えるときに問われるのが、フレキシブルかどうか、という視点なんじゃないでしょうか。

そもそも、本質的にフレキシブルな家具って、見た瞬間に、「あっ、うちのこんな場所に置いてみたい!」とピンと来るようなものだと思うんです。想像力を刺激して、「この家具を置くなら、あそこをもう少し整理してから迎え入れたい」……のように、思わせてくれるような。
そういうことを感じ、学んでいくことが、家具と接すること、家具を選んで買うことの楽しさですし、さらに僕らのような立場だと、そういう家具を考えて作り出すことの楽しさでもあります。そういうふうに空間や住む人に良い影響を与えるのが、本当の意味での良い家具・フレキシブルな家具ということじゃないかな、と思っています。

ー 「こういう使い方をしてほしい」とデザイン側が決めつけたものではなく、ユーザー側に「こんなふうに使ってみたい」と思わせるような余白があることも大事、ということでしょうか。

芦沢 そうだと思います。実際、そういう良さを持ったものでないと、長く残っていくことは難しいんです。
これは家具だけでなく、建築やインテリア、美術品などにも言えることでもあります。「国宝って美しいよね」なんて、仲間たちともよく話してるんですが、歴史的価値とか、希少性だけで国宝になっているわけではなく、美しいからこそ大切にされ、長い時代を生き残ってきた面もあるんじゃないかと。そこにある種の本質があるような気がするんです。

家具やインテリアも、〝美しい!“〝置いてみたい!“とピンと来るようなものを選ぶことが、長く大事に使っていくことの第一歩なんじゃないかと思っています。

フレキシブルな家具とは?

ー 私たちが暮らす日本の生活空間の中で、芦沢さんが具体的に思いつく「フレキシブルな家具」とはどのようなものでしょうか?

芦沢 たとえば、ソファテーブルの高さってどれくらいが最適なのか、いつまで経っても正解がでない気がしませんか?
ソファに座らないことが多いなら卓袱台くらいの高さのほうが使いやすかったり、かといって高くしすぎると炬燵みたいになってしまったり。ソファでも、いかに姿勢が変えられるかが重要だと思っていて。

小さな二人掛けのソファは、カッコいいかもしれないけど、どうしても窮屈で長くは座っていられませんよね。
以前、自分がソファをデザインしたときは、フォルム云々の前に、座面の広さやクッションの柔らかさ、テキスタイルの肌触りの良さなどにこだわりました。袖のひじ掛け部分を柔らかい素材で作って、そのまま枕にして寝転がれるようにもしましたが、これがすごく便利で。うちにも置きましたけど、妻と娘が左右互い違いになって寝ていたりして、すごく快適なんです(笑)
僕らがそこで、どんなふうに過ごしたいのか、素直に、正直に見つめていく必要があるなぁと思いましたね。

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photo by:Jonas Bjerre-Poulsen

「A-S01 for Karimoku Case Study 」(2019)/ デザイン:芦沢啓治
老舗家具メーカー「カリモク家具」と建築家とのコラボレーション・ブランド「Karimoku Case Study」の最初のプロジェクト「砧テラス」のために芦沢さんがデザインしたソファ。
物件の空間にあわせて低めに設定しているため、圧迫感を感じさせず、加えて、アームレストは枕としても使用できる柔らかになっており、快適なデイベッドとしても利用できるデザイン。

ー お話を伺っていると、芦沢さんが考える「フレキシブルな家具」とは、「機能や形態が様々に変化する家具」というよりも、ユーザーによって様々な使い方ができる余地を含んだ家具、というニュアンスのほうが強いように思います。

芦沢 両面考えることが大切だと思います。フレキシブルな家具というと、コンパクトさや可変性に注目が集まりがちですが、一見便利そうな機能が、長く大事に使うことに果たして向いているかどうかは、しっかり本質を見極める必要がありそうです。部屋が小さいからといって、小さなソファを買ってみたら、なんだか中途半端でうまく使えず、持て余してしまったり。
それなら多少部屋が狭く感じても、しっかりした広いソファを入れて、その空間を活かした多様なくつろぎ方を手に入れたほうが、よほどフレキシブルかつ、サステナブルだったりすることもあるわけです。ソファですぐ寝てしまうという弊害もあるかもしれませんが(笑)

例えば丸テーブル

ー これまでのご自身の作品で、フレキシビリティを意識して作られたり、意図せずにフレキシブルな使い方になったようなものはありますか?

芦沢 それはいっぱいあります。単純で分かりやすいものだと、ちょっと大きめのダイニングテーブルなどですかね。片方の端で仕事をしながら、反対側で別の人がご飯を食べられるような距離感を確保するには、やはりある程度の大きさは必要です。小さめなサイズのテーブルのほうがよく売れると思うんですが、2m級のもののほうが、フレキシブルに使えるし、なによりカッコいい。
あと、四角でうまく部屋に収まらなかったら、丸テーブルにしてみる手もあります。

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photo by:Tomooki Kengaku

「Blue Bottle Coffee Minatomirai Cafe」(2020)/ インテリアデザイン:芦沢啓治建築設計事務所
芦沢さんは、スペシャルティ・コーヒー・ブランド「Blue Bottle Coffee」のショップ設計パートナーとして国内外の複数店舗を担当。写真は横浜市西区みなとみらいにある、大きな丸テーブルが配置された店舗。

そうそう、丸テーブルって、いいですよね。どこからでも座ることができるし、回遊性もあるし、もっと見直されてもいいはずです。角がないので、座るときにソファの側にもアプローチしやすい。上からペンダントライトを下げたりすると、長方形のテーブルみたいにサイズ感に左右されることなく、部屋の重心がピタっと決まるんです。店舗のデザインでも多用しますね。

「石巻工房」製品に込められたデザインマインド

ー 芦沢さんが設立し、現在も代表取締役を務める「石巻工房」は、東日本大震災の被災地での不自由な生活環境に対応した手工品家具としてスタートした経緯もあり、フレキシブルな使われ方を意図したデザインが、誕生当初から含まれていたのでしょうか。

芦沢 確かにそれはあります。加えて、当初は被災者の皆さんと一緒に現場で家具を作るという意図もあったので、せっかく作ったものがちゃんと使われずに捨てられてしまうようなことがないよう、簡素な素材や工法で作るものであっても、当時の暮らし方の実情に合ったフレキシブルな機能と、被災地の生活の耐えうるタフさ、長く使いたいと思わせるしっかりとしたデザインを備えていなければならない、というミッションがありました。

同時に、たとえ素朴な素材や見た目であっても、しっかりしたプロポーションや機能性は作れるんだということを、みんなで知恵や力を合わせて実証したかったんです。その基本的な思いは、今の石巻工房の製品でも変わっていません。

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石巻工房「ISE MAGAZINE RACK」(2017)/ デザイン:DRILL DESIGN
石巻工房のマガジンラック。普段はソファやベッドの横において雑誌や新聞の置き場所として使い、それが溜まってきたらサイドのスリットからヒモを通して、簡単に束ねて整理できる。

新聞や雑誌のヒモ掛けを解消する機能と、デザイン的な面白さを両立しようという意図をもつ。
石巻工房では佇まいの美しさと、それに何かしらの新しいファンクションを加える工夫を大事にしている。(芦沢)

ー 石巻工房の家具は世界にも拡がっていますよね?

芦沢 石巻工房で製作した家具の図面を世界の家具メーカーに供給し、現地でライセンス生産を展開している「メイド・イン・ローカル」というプロジェクトがスタートしています。これは、ロンドン、マニラ、ベルリン、デトロイト、釜山、シンガポール、ミュンヘン、メキシコ、スカンジナビアなど、世界各地それぞれに、身近に手に入る素材を大事にしながら、「家具の地産地消」をしてもらうようなイメージです。

材料のサイズ感や入手可能な素材なども各国で違いますから、安全性に関わる構造などを変えない限りは、各地でのある程度のカスタマイズなども容認するような緩い取り決めです。言ってみれば、そこもフレキシブルです。

機能がしっかり限定されていたり、固定概念的なフォルムが成立してしまっている家電製品などは、フレキシブルな使い方を考えにくいんです。その観点でいくと、石巻工房の製品って、かなり異質な存在ではあるんですよね。それは自認してるんです。すべての家具をこのテイストで揃えてもらいたいとは思っていないわけで(笑)。

こういうものがアクセントして部屋の中にあることを楽しんでもらいたい、くらいの気持ちです。

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石巻工房「SHOES SHELF」シリーズ(2017)/ デザイン:DRILL DESIGN
一人暮らしの玄関や、家の部屋の一角にもさりげなく置くことができる、壁にたてかけるだけのシューズラックのシリーズ。

シューズラックのシリーズは、アジア圏やメキシコなどで人気があり、ソファの脇や背面に置いたりなど、こちらが想定していないような場所に置いたり、使い方をしてくれる。思いもよらないフィードバックに触れられるのは、とても楽しい瞬間でもある。素材や工法、見た目が素朴だからこその、フレキシブルな使い方が可能なのである。(芦沢)

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「STOOL for MOHEIM」(2021)/デザイン:芦沢啓治建築設計事務所

「STOOL for MOHEIM」というスツールもやはり多様な使い方ができる二段式の小型スツールを目指した。
何を置いても絵的に決まるディスプレイ感が出るように、下段の天板にはお盆のようにエッジを回しており、玄関に置いて靴ブラシを置いても、ベッドサイドに置いてスマホを充電することもできる。(芦沢)

名作家具が持つ力

ー 芦沢さんが思い浮かべるフレキシブルな家具や空間、または学ぶべき過去の事例はありますか?

芦沢 家具のようなプロダクトデザインは、ある程度の量産を前提としたものなので、その造形美はアイディアとしてあり得たとしても、それがプロダクトデザインとしてふさわしいかどうかは厳しく問われるわけです。例えばアアルトの「スツール60」のようなものは、普遍的な美しさと量産に適したディテールを兼ね備えている、用と美のバランスが優れているからこそ、椅子としてだけではなく、ベッドサイドでも、ソファ脇でも、玄関でも、どこに置いても決まるし、長い年月ずっと残っているわけです。
それは、機能的に優れている以上に、家具が持っている力が強いからだと思うんです。フレキシブルな家具の神髄って、こういうことじゃないでしょうか。

ハンス・J・ウェグナーの「エクステンション・テーブル」なども、可変機能系のフレキシブルな家具の代表だと思いますけど、収納した状態、天板を延ばした状態、どちらもフォルムが美しい。あのバランス感覚は素晴らしいです。
あと、アイテムの組み合わせ次第で様々な方向に展開し、どの方向からも、どんな姿勢でもくつろげるリッソーニのシステムソファなどもいいと思います。

ソファって基本的に座る方向、向かう方向を限定しますよね? 
例えば日本の暮らしでいうと必ずテレビの方向を向いているとか。それによってリビング全体に配置が大方決まってしまうのはもったいないんです。
リッソーニでなくても、背もたれのないタイプのソファを壁に付けずに使うなんていうのも、実は大事な発想なんじゃないかと思っています。そもそもフレキシブルな家具であっても、本当にフレキシブルな生活をちゃんと担保できるのかどうかは、やはり使い方によるんだと思いますよ。

建築家のすべきこと

ー 「フレキシブル」とは、作り手と使い手それぞれが使い方を想起できるという視点が大切なのでしょうか。

芦沢 家具に限らず建築でも、骨格や構造が美しかったり、佇まいがあるような建築は、どんなに古いものでも、新しい使い方をしてみたくなるものです。
リノベーション物件でも、80年代の建物はなかなかフレキシビリティが無くて使いづらいとか、逆に60年代くらいまで遡った骨太な建物のほうが、リノベーションしても映えるし、使いやすかったりという話はよく聞きます。
これからの建築は、設計する側も、竣工時の機能性や美しさだけを考えるんじゃなくて、何十年か先、時代がどう変わり、その建物がどう変わり、使われ方がどう変わるのかを、頭の隅でちょこっと考えておくだけでも、その後、何年に渡って使ってもらえるのかは、大きく変わってくるんじゃないでしょうか。

コンパクトなスペースにおいては、そこにピタっとはまる家具を見つけていく方向性のほうが重要かなと。
同じように、家具を自由に組み替えたり移動できたりする仕組みを作って「自由に動かせますよ」「フレキシブルに空間を使えますよ・・・」みたいな提案をされることも多いとは思いますが、僕はこれを陥りがちな間違いだと思っています。

本当は、その場所にしかないベストな組み合わせ方があるはずなんです。その答え探しを、お客さんに丸ごと任せちゃうんじゃなくて、それを見つけて提示してあげるのが建築家、デザイナー、またはインテリアコーディネーターの仕事なんじゃないかと思います。

可変式・移動式のフレキシブルな家具ももちろん大事ではあるんですが、それ以前に、空間が美しくバランスの取れた状態を用意して、そこをフレキシブルに使える状態にしておくことのほうが、設計・デザイン側がまずはやっておくべきことのように思います。


※2023年8月時点の情報です。最新の情報とは異なる場合がございます。

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photo by:Masaki Ogawa

プロフィール
芦沢 啓治(芦沢啓治建築設計事務所 代表)

2005年より「芦沢啓治建築設計事務所」主宰。「正直なデザイン/Honest Design」をモットーに、クラフトを重視しながら建築、インテリア、家具などトータルにデザイン。国内外の建築やインテリアプロジェクト、家具メーカーとの仕事を手掛ける他、東日本大震災から生まれた「石巻工房」の代表も務める。「インテリアライフスタイル」ではディレクターを歴任。海外デザイナーとの交流も深く、立命館大学での講義など、若手の育成にも力を入れる。
TRUNK(HOTEL) YOYOGI PARK、BELLUSTAR Penthouse等(東急歌舞伎町タワー45-47階)、The Conran Shop Daikanyamaなど。

芦沢啓治建築設計事務所/KEIJI ASHIZAWA DESIGN

https://www.keijidesign.com/

石巻工房

http://ishinomaki-lab.org/

フレキシブルな暮らしと家具

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新しい生活様式が定着し、多様化する暮らしに合わせて、家具や住まいに求められる機能やデザインは刻々と変化しています。
こうした暮らし方の変化や生活者の動向から、リビングデザインセンターOZONEでは、「フレキシブルな暮らし」をテーマにさまざまな企画でご紹介します。
ひとつの使い方に限定しないアイテムや住まい方を通じて、フレキシブルな暮らし方を考えてみませんか?

会期:2023年9月28日(木)~11月28日(火)
会場:リビングデザインセンターOZONE館内

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